バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

#小説

51 先を見つめて

数日後、虎屋から呼び出された羽鳥は待ち合わせ場所の駅前時計台付近に足を運んだ。見ると、虎屋の他に面識のない二人の男女が立っていた。 年齢は自分たちと同じくらいか。女性はスポーツ系の真面目な印象を、男性は軽い印象を受ける。その制服に羽鳥は既視…

50 けじめ

舞台裏に戻ってきた出場者一同。喜咲はわんわんと泣いてるが、もう彼女に声をかける人はいない。「き、北河さん、ファインプレーでした……」 丸久が北河に声をかける。北河は彼女に応えるように手をひらひらさせる。「僕は真実をお伝えしただけだ。誤解が招く…

49 秘密の助太刀

突然会場に響く声。舞台袖から出てきたその姿に、会場が沸き立ち、羽鳥は驚いた。「き、北河さん!」「どうも~、よい子はお休み、ネロ・北河で~す」羽鳥が口を開こうとしたが、ネロはそっと後ろを振り返り、口元に指をあてた。「ネロさん、どうしてここに…

48 暴れるお姫様

「二回戦を勝ち抜き、準々決勝に進んだのは!」いよいよ結果発表だ。羽鳥も喜咲も壇上に上がり、ぐっと両手を握る。「アベルとカイン、HELIOTROPE、スケッチブック……」読み上げられるグループ名。上がる歓声。呼ばれていない者の緊張。そして。「……salvatore…

47 頬の赤みはあの子のため

「羽鳥、大丈夫か」舞台裏に立つ安藤は羽鳥に声をかける。羽鳥の頬の赤みは引いていない。「やっぱり冷やしたほうがよかったんじゃないか」「大丈夫。それに、これがあったほうが、私も覚悟ができる」「……期待してるからな」ここで抑止の言葉をかけないのが…

46 ファンの違和感

「羽鳥、大丈夫か?」心配するメンバーに羽鳥は笑いかける。「大丈夫だよ。痛みだって一瞬だったし」「でも、頬赤いですよ。冷やしたほうが」「ううん。このままでいさせて」 虎屋は罪悪感に打ちひしがれていた。あまりに平気そうに振舞う羽鳥の様子が、逆に…

45 青い鳥の怒り

虎屋ははっとした。足元にしゃがみ込む羽鳥。それまで騒いでたのが嘘のように静かになるBeau diamantの面々。自らの手のひらを見て、虎屋ははっとした。「ひなちー!」怒りのあまり我を忘れた虎屋は喜咲に手を上げようとした。しかし、それを後ろから見てい…

44 切り裂かれた絆

グレフェス2回戦当日。出演者の通用口で虎屋は腕を組んで立っていた。楽屋から羽鳥が顔を出す。「どうしたの、イズミちゃん?」「人と待ち合わせしてんのよ。でも、時間になっても来ないから、どうしたかしらって」「出演者さん? 時間厳守だからもう来てて…

43 部長の決意

「ほーん……。完璧じゃん、やるね、辻宮」菊園は感心した声を上げる。Beau diamantベース最難関の曲。菊園の作品の中でも力作のそれを、辻宮は完璧に弾き切るまでに上達していた。「流石、軽音部部長。あんたを引き抜いた喜咲も運が良かったと見える」「……」…

42 午前一時十二分

『……ごめん、やっぱあんたにしか頼れなくて』「構わない。それでお前の気が晴れるのなら」『うん……』「Beau diamantの事か」『というか……、あのリーダーのこと』「だろうな。あそこまで自己中心的な性格を隠さないのは逆に尊敬する。そして、それがお前にと…

41 疑いの目

移動教室の準備をし廊下に出ると、見知った顔が廊下で待っていた。「辻宮様」「芭虎。喜咲は一緒じゃないの?」「ええ。一人でお話を伺いたくて」辻宮の心臓が跳ねた。あえて手を抜いていることがばれたのか。「……移動教室あるから、手短にお願い」「承知い…

40 見せられないもの

「……イズミちゃん、最近何か悩んでる?」「え?」練習を兼ねた路上ライブの休憩中。眉間にしわを寄せている虎屋にドリンクを差し出しながら羽鳥は尋ねた。「……そんな風に、見えてた?」「悩んでるっていうか、すごく、機嫌が悪そうだった。あ、もしかして私…

39 私立絢爛高校軽音部

私立絢爛高校。ここは、富裕層の学生が通ういわゆるお嬢様高校だ。純粋な学力で入学を果たした辻宮にとっては遠い世界の人間たちが通う場所。それでもよかったのだ。学費を免除してもらったうえで満足に勉強ができて、大好きな音楽ができて、青春というもの…

38 最低なリーダー

「Beau diamant?勝てるよ」さらりと吐いた安藤の言葉に北河も虎屋も滑る。「そ、そんなに簡単に言っていいの?」「確かに悪いところばかりではない。作詞作曲を務める菊園の実力は本物だと思う」パソコンのキーを打ちながら安藤は続ける。画面に映ったのはB…

37 迷惑の正体

彼女は名を辻宮絢と名乗った。テクノバンド「Beau diamant」のベースらしい。その名前を聞いて、北河は思い出した。「グレフェス、次の組でぶつかるよね?」「ええ」辻宮の同意に虎屋は警戒する。「何よ、言ってしまえば敵じゃない。そんな人があたしたちに…

36 アンチコメント

「……で、その悪口コメントが増えてきたと」ため息交じりに虎屋は言う。北河は苦笑いから表情が変えられない。「相変わらず投稿者は一人だけどね」 「痛くもなんともない、といえばうそになる。前から散見していたけど、最近よっぽど評判を落としたいのか、嘘…

35 一番は私よ!!

「むーかーつーくー!!」喜咲は荒れていた。グレフェスの一回戦を突破したにも関わらず、だ。「むかつく、むかつく、むかつく! 何よあのぽっと出の女!!」「お嬢様らしくないわよ、喜咲。もっとしとやかにできないの?」「うるさいわよ辻宮。私には敬語を…

34 感情の波

一段、一段。壇上への道を踏みしめる。上には既にDJの安藤が覆面を被って待っている。 グレフェストーナメント、一回戦当日。既に数組が演奏を終えていた。どれもバンドロックを主体としたテンションを上げる音楽。会場の熱は確実に上がっていた。「最初だか…

33 一回戦前日、それぞれの思惑

ひなちー、結局最後まで悩んだままだったわね。初めての舞台がこんなに大きいんだし、うまくいかなくても問題ないわ。そもそも私たち、ネットミュージシャンだもの。顔出しなんて専門外よ。だから気楽にしてればいい。気楽に見守っていればいい。……でも、負…

32 諸刃の剣

「……よし、いい感じよ。これなら本番も乗り越えられそうね」虎屋の言葉に羽鳥は複雑な表情をする。「そう、かな。まだ震えだって取れてないし、声も裏返っちゃうし」「最初よりは聞きやすくなったわ。大丈夫、自信もって」 「それと……、まだ、迷ってる?」「…

31 しずくの絵

「そう、ですか。曲目の変更……」小さな声で丸久は言葉をかみしめる。「だからその、せっかく作ってたアートワークとプロジェクションマッピング、今からでも変えられるかなって」「大丈夫、です。時間は、まだありますし」一週間で「時間がある」と言い切る…

30 作戦変更

虎屋は眉間にしわを寄せたまま北河の部屋にいた。北河がお茶を出す横で安藤がパソコンのキーを打っている。「なるほど、羽鳥ちゃんをこのままステージに上げるのは難しいと」「そうなのよ……」 路上ライブの練習を始めて2週間ほどだが、最初ほどではないにせ…

29 特訓開始

次の日から、羽鳥の特訓が始まった。収録以上に大きな声が出るよう、安藤の指導の下腹式呼吸を含めた基礎練習から始めることとなった。今まで歌ってきたとはいえ最初の対バンまでの期間は限られている。付け焼刃かもしれなかったが、やらないよりはましだ。 …

28 チャンス・チャンス・チャンス!

「た、対バン!?」羽鳥の声が裏返った。ニコニコ顔の北河が羽鳥にチラシを渡す。「そう。「Great Music Festival」、聞いたことあるだろう?」「あれよね、年一であってる、その年に流行したバンドやアーティストたちの祭典。ひなちーも知ってるわよね?」…

27 優しささえも

ヘッドホンを通った音楽は、今流行の女性シンガーのロックナンバー。彼は研究を欠かさない。なぜなら彼もまた純粋なロックシンガーであるからである。 「……」 彼は音楽が好きである。そして数か月前に一羽の雛を助けた。雛は音楽の世界へと飛び立ったが、そ…

26 暗い部屋とシンセサイザー

独り、暗い部屋でいじるシンセサイザー。もう捨てようと決めた、大嫌いなものに、俺はまだ向き合っている。向き合わざるを得なくなっている。どこにでもいるファンでいればよかったんだ。背伸びをしたから、こんなことになったんだ。 「犬飼さん!」ドアの外…

25 アンチコメント

虎屋は珍しいと思った。 「salvatore」のマネジメントを一手に担っている北河。縁があったのが丸久であったのもあり、普段皆と会う時は丸久がその場にいることが多かった。だが、今日はその丸久もいない。文字通りサシで話がしたい、と北河から持ち掛けられ…

24 間違ったやり方

「何なのよ、これ……!!」その日、喜咲華怜は怒っていた。彼女の向かう先にはパソコンの画面。「いかがいたしました、華怜様」「いかがも何もなくってよ! これ、見なさい、芭虎!」「はぁ」ティーセットを机に置き、喜咲と同い年で執事の芭虎はパソコンの画…

23 わからないから

「……すまないな、北河」「気にすることないよ。曲作りのノウハウがただで教えてもらえるチャンスなんだからさ」 遡ること数日前。虎屋は丸久と北河を呼び出し、安藤の事を相談した。「なんとか親元から離さないと、そろそろ頭がバグるとか言ってて……」虎屋の…

22 明かせない「私」

安藤の家から速足で離れて数分。街灯の少ない路地で虎屋は足を止め羽鳥の手を放した。振り返る虎屋。羽鳥は思わず肩を震わせる。「……ごめんね、怖かったよね」虎屋はいつもの明るい声で、けれど、どこか悲しみを含む声で言った。「こんなの、ひなちーに見せ…