バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

16 決意:玄武組の場合

「アケミちゃん! 出てきてよ!」
「嫌っす! あたしは梃子でも動かないっす!」
扉一枚を挟んで緑の装束が言い争う。カワウチは突然の招集、派遣に反発し、自分の部屋に籠ってしまったのだ。
「貴重な経験になるのなら、皆をいかせるっす! あたしは、雑用だけで幸せなんすから!」
そう、いままで生きがいにしていた雑用仕事を離れることが、カワウチは怖かったのだ。

 

「……あっ」
一人が声を上げた。見上げるほどの体躯の男、田辺がそこにいた。
「どうだ、カワウチの様子は」
「一向に首を縦に振ってくれなくて……」
「……カワウチ、入ってもいいか」
「だめっす! いくら長であろうと……」
「そうじゃない。少し話がしたいだけだ」
田辺の声は低く、しかし優しさが溶け込んでいた。その気配を察したカワウチは、暫く葛藤したのちに扉を開けた。
「……どうぞっす」

 

「お前、確か兄弟が多かったんだよな」
他の隊士は追い返され、今部屋にいるのは田辺とカワウチだけだ。カワウチはうつむいたまま肯定した。
「下の兄弟が沢山いて、あたしは一番上っした。幼い兄弟たちを守るために、両親の助けになるように、あたしは今まで動いてきたはずっした。でも、あたしは忌み子だった」
悔しかったのだ。忌み子であるというただそれだけで、差別を受け、大好きだった兄弟も守れなかった事実が。
「この屋敷の隊士はまだ若いっす。普通に暮らせていたら兄弟はこんなになったかなって思うことも多くて。だから、あたしはここに残りたくて」

 

「一つ、教えてやろうか、カワウチ」
田辺は静かに語りだした。
「子供ってのは、遅かれ早かれ飛び立つものなんだ。それは親をはじめとする大人だけじゃない。一番近くで接してきた子供、兄弟だって同じことが言える」
田辺の脳裏に浮かんでいたのは、ボロボロで倒れていた、一人の青年
「それに、これは今生の別れじゃないんだ。また帰って来る。そしたら、いっぱい隊士と遊ぶといい」
「田辺さん……」
カワウチは目頭をこする。それを見た田辺はそっとカワウチを抱きしめた。
「大丈夫だ、お前は強い。今回のことも、乗り越えられるさ」
そっと、呪詛のように、その言葉を投げかけた。