バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

字書き地獄 戦闘描写編その3

「なぁ、これ俺がやってもいいわけ?」
喜島は心配そうな声を上げる。上下ジャージ姿の彼の目の前には同じく動く気満々の石川。そのわきで田辺がカメラをいじっている。
「ほかに頼める相手がいなかったんだよ。女学院には申し訳ないが」
甲賀さんとか乙哉とかいただろうが」
「もうすでに録ってるんだ」
「だったら猶更俺は要らないだろ。……本音は?」
「特殊例をとっておきたかった」
「それみろ」
ため息とともに喜島は返した。
 事務所単位で絡みのあるとある事務所からの頼みでアクションの指導にたびたび向かう田辺と石川。今回、女学院のマネージャーである喜島にわざわざ頼み込んだのは、アクションの手本を見せてくれということだった。なんでも、参考になるよう色んなパターンをとりたいらしい。
 喜島は「一応」空手の経験がある。だが、接頭語に「一応」という言葉を選ぶくらいにしか習っていないらしく、あとは全くの我流だ。が、
「事件に巻き込まれて拳銃持ちの男四人相手に圧勝って何をどうしたらそうなるんだ」
「そんなこと言ったら打ち合わせしっかりしてないと石川がケガするぞ」
「田辺代わってくれ俺やり切れる気がしない」
「そしたら今度は喜島がケガするから。ほら打ち合わせ通りいくぞー」

一通り打ち合わせを終え、田辺はカメラを調整しだす。
「……石川」
「どうした」
「俺のやり方、気持ち悪いから素直に言っていいからな」
「あ? あ、ああ……?」
「よーし、いくぞ、3、2」
録音開始の合図が鳴る。軽く体をほぐした喜島は石川に目で合図をし、間合いを詰めだした。
急激な接近。下手から繰り出した手刀を石川は受け止めるが、その重さに僅かに体が浮く。
「重っ!?」
石川が叫ぶ。宙に浮いた体を地面に落ち着けるより先に、今度は喜島の上からの手刀。鞭のようにしなる腕から放たれるそれは、力を抜く代わりに全体重を乗せられた重すぎる一撃。隙間を縫うように石川は転がり、背後をとった。
「なるほど、動きが見たことねえ! これやっぱ田辺代われ!」
「言ってる場合か! 来るぞ!」
田辺の声で石川は右足を引いて半身になる。その空間を割くように手刀。石川は引いた右腕で喜島の左腕をつかんで引っ張り左腕を固める。放たれた拳は受け止められたが喜島はそのまま流れで前方に身を投げ出し、体制を整える。
「……見慣れてきた。ここまで蛇とは思わなかった」
「まぁ、実際滅多に喧嘩なんかしなかったからな……」
ため息交じりに喜島は返す。そして姿勢を持ち上げると、半身になって構えた。
「次、石川のラッシュ」
「おっと、そうだった」
石川は呼吸を整え、間合いを詰める。放たれた右腕をはじくと同時に左腕が放たれる。同じ方向にはじいた瞬間襲ってきたのは左足。受け止めると同時に顎を狙って放たれた右足を奥にはじいて少し距離を開ける。逆立ちから跳んで体制を整えた石川は再び拳をふるう。
「……石川、そろそろ次、いくぞ」
「オッケー、来い!」
喜島は石川の右の拳をとらえ、上に大きくはじいた。ガラ空きになった腹部に右足を放つ。空いていた左腕で受け止められたものの勢いは相殺されず、石川は大きく吹き飛んだ。
 石川が立ち上がる前に喜島は間合いを詰める。しかしそれを狙っていたかのように石川は左足をはじき出した。受け止められたが間隔が開き、二人は向き合う。
「「うらあああああ!!」」
手刀と拳が交わった。

「……カット! そこまで!」
田辺のその声に二人はその場に膝をつく。
「ひっ、久しぶりに動いたから、体が、追いつかな……」
「おい、田辺、やっぱり喜島マネつええよ……」
「打ち合わせなしだったらどっちが勝ってたんだ」
「「やめてくれ心臓に悪い」」
からからと笑う田辺だったが、正直喜島を下手に怒らせるまいと誓ったらしい。