バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

『思いっきりアウト』:入不二右京

芸人たるもの、いつどんな仕事でもこなせるようにならねばならない。

分かっている。若手芸人の域に入る俺にだってそのことは分かっている。そこにプライドが介入するなんてもってのほかだ。

わかっている、のだが。

フリーハグ、だと?」

街頭出没系バラエティの企画を渡されて眉間にしわが寄る。横にいる相方の左京も顎に手を当てて企画書を見ていた。

フリーハグを町中でやって、どっちが多く反応されるか、ですか」

「結果見えてんだろ。俺みたいなやつに抱き着きたい奴、どこにいる」

「それは確かに」

肯定すんな。事実だが。

「でもまぁ、こういうのはやってみないことには分からないでしょう。普段の態度はともかくとして、ボケの右京さんの方が人気も知名度もあります。加えてテレビでの彼は朗らかですからね」

「おい、どこまで持ち上げるつもりだ。落下地点の捕捉はできてんのか」

「持ち上げっぱなしのつもりですよ。落とすなんてとんでもない」

左京はこういう時嘘をつかないから調子が狂う。

「とにかく、やってみるだけの価値はあります。どんでん返しもあるかもしれませんし」

左京のその一言で、企画が決定した。

 

が、当日。

「……そーら、いわんこっちゃねぇ」

予想通り、フリーハグなんて文化のない町中にほっぽり出されたところで些どうもも些こうもも……もとい、俺も左京も棒立ちが関の山であった。

「これ、誰か一人でも捕まえないと終わらないのでは?」

「だな……。でも、どうする」

「そこはほら、どうもさんがなんかネタを」

「……」

無の表情をつくるので精一杯だが、やるしかないようだ。悔しいがこういう時にギャグをやれる体をつくれるのはボケの自分だし……。

 

「そこのお姉さん」

一歩、二歩、ステップを踏んでターン。神力で作り出した薔薇(の花が付いた針)を咥えて身体をひねり、しっかりとポージング。

「愛情、足りてますか?」

心なしか道端から人が少なくなった。

「……これは」

「思いっきりアウトですね」

哀しきかな、芸人の性である……。