バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

34 策略と陰謀

「さぁ、『ハシモト』」
「どういうことか、説明してもらおうか」
一夜明け、ハシモトの事務所に押し掛けたルソーとライターは、包丁とナイフをハシモトに向けて迫っていた
対するハシモトはその凶器には目もくれず、腕を組んで唸る
その視線の先には紙の束。昨日のルソーとライターの仕事依頼である

「ちょっと時間をくれねェか。俺も突然すぎて整理がついてねェんだ」
「時間ならたっぷりとくれてやるが、納得いく説明ができなかったらここで死んでもらうからな」
「おお、怖ェ」
ややおどけ気味にハシモトは言うが、その目は真剣に資料を見比べている

「しかし、お前の推理力には感服したぜ、ルソー」
ライターはため息交じりに呟く
あの時、重役の部屋は上にあり、下からの突破は困難だと判断したライターは上から直接窓を破ることを選んだ
それ故、万一落ちてもいいように、真下のゴミ捨て場に予めクッション材を仕込んでおいたのだ
二人が窓から転落しても怪我が殆どなかったのはそのためである
無論、ルソーはそのことを感づいていた

「貴方こそ、とっさにしてはいい理解力をお持ちでした、ライターさん」
そして、最後にライターが窓際に追い詰めたルソーに詰め寄った時
ルソーが身をかわして自分を下に落とすことを、ライター自身は「知っていた」
寧ろ、それを離脱のチャンスと考え、あえて転落したのである

「お前ら、いつの間にそんなに仲良くなったんだよ……」
小声でハシモトは呟く
「別に、仲が特別いいわけではありませんよ」
「あの時は互いに信用せざるを得なかった。それだけのことだ」
故に、ライターは初めからルソーに致命傷を負わせることはなく、ルソーも身の危険を承知でライターを守り、半ば威圧する形で警備員を退けたのである
互いを見るルソーとライターに、ハシモトはふっとため息を漏らした

「それで、実際のところ、どうなんです」
ルソーの声に、ハシモトは頭を音が立つほど掻き回し、大きくため息をひとつついた
「……なぁ、俺、とんでもないことに気付いたかもしれねぇ」
そう前置きをし、ハシモトは語りだした

「今回の依頼は、俺自身は別の依頼者から受けた、全く別の依頼だと思っていた。それを、全く別の、お前らに回したわけだ。無論、向こうの名指しでな」
そこまでは理解できる。二人は頷く
「つまるところ、俺は現場で「全く関係のない会議が二つ起こるものだ」と思っていたわけだ」
「ちょっとまってください。ということは、僕が「護るべき」重役と、彼が「殺すべき」重役は」
「別人だった」
そう、元をたどれば自分たちのはやとちりだったのだ
が、

「ところが、その二人の重役は同じ会議に出てきた。ライターが標的を殺すためには、目撃者を減らすために周りも一様に殺さなければならない。そこで必然的にルソーと戦うことになる」
「じゃあ、俺とこいつが戦ったのは、必然だったってことかよ」
「必然、どころか、「仕組まれていた」ってことだ」
「一体、誰が……」

「「奴ら」だ」
ハシモトのその一言に、ルソーが固まる
「……まさか、もう、僕らの居場所を感づいて……」
「それはないだろう。だが、『赤髪の殺人鬼』を邪険に扱ってることは間違いない筈だ。ウン百年の経験を持つ、殺人鬼の実力者を仕向ける位だからな」
ハシモトは机の煙草を一本引き抜き、火をつける
「お前が狙われてることには間違いねェ。今まで以上に、生き残るのが困難になるだろうなァ」
「そう、ですか……」

「次回からは、俺も気を付ける。今日の所は帰って休め、ルソー」
ハシモトはそう言って立ち上がり、窓際に歩いて行った
ルソーは何も言わずにその場から立ち去った

残されたライターは、自分も休憩するかと踵を返そうとした
その時、大きな音がし、咄嗟にライターは振り向いた
ハシモトが、割れんばかりの勢いで窓を殴ったのである
煙草は足元に落ち、僅かに煙が上る

「……畜生、「奴ら」が一枚上手だったってことかよ……」
聞き取るのもやっとの音量で、ハシモトは言う
俯いていて表情は見えなかったが、その口は恐ろしいほど吊り上がっていた
「だったら、見せてやろうじゃねェか。最後に勝つのは、俺たちだってなァ」
足元の煙草を思い切り踏みつける
そして、何度もにじり、火をかき消した

ライターは何も言わず、踵を返した