バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

21 ルソーの「特技」(『水仙』2)

「すみません、『折り鶴』。もう少し早く来ていればよかったですね」
振り向くことなくルソーは言う。その背を、アイラは呆然と眺めることしかできなかった
「『折り鶴』さん」
後ろから声がした。草香が駆け寄ってくる

「草香……、お前、『弁護士』は連れてくるなって言っただろうが……」
「申し訳ございません。私が一人で帰ったことにより、彼が反射的に飛び出していってしまって」
「ちっ。言っただろ。今、あの女が狙ってるのは俺じゃねぇ。『弁護士』の方だって……」

「あらまぁ、本当に来てくださるなんて。探す手間が省けましたの」
ニコニコと『水仙』は笑う。ルソーは無表情のまま、握っていた包丁を『水仙』に向けた
「貴方が『水仙』ですね。『折り鶴』を殺そうとして、何がしたかったのです。殺すのは僕だけにすればいいものを」
「ふふ、貴方を呼び出すために、確実な手段を使ったまでですわ」

「気を付けろ、『弁護士』! そいつ、武器に毒を仕組んで……げほっ!」
後ろから叫び、再び伏せるアイラ。ルソーはそれを見、改めて『水仙』を見た
「成る程、要するに今、彼は毒によって苦しめられていると」
「彼ならあきらめた方がいいですわよ。解毒剤がない限り助からない、特製の毒ですもの」
「……」

「安心してよろしくて。今から貴方も、私の手によって死ぬのですから!」
地面を蹴りだして接近する『水仙』を、ルソーは軽くいなす
次々とペンを突き出す『水仙』の動きを、余裕をもって見切り、かわしていく
先ほどの戦闘での体力の消耗もあるのだろう。『水仙』の方には余裕がなくなってきた

「いい加減に、当たりなさいっ!」
目の前で飛び上がりペンを突き下ろす『水仙
しかし、ルソーはわずかに下がってそれをかわすと、包丁の柄で彼女の手を打ち付けた
「っ!」
ペンを取り落とした瞬間を見計らい、ルソーは動いていた
落ちたペンを拾い上げ、逆にそれを『水仙』の肩に突き刺したのである

「あっ……!」
僅かに声が漏れる『水仙』。そして、自らの体をぽんぽんと探り始めた
「……?」
一体何をしているのか理解できないアイラは、その光景に首を傾げる
ルソーは『水仙』の様子を見ながら言った

「探しているのは、これですか?」
その手には、水色の軸のペンが握られていた

「!!」
それに気づいた『水仙』は慌てたように手を伸ばす
ルソーはその手を避け、『水仙』に体当たりをして吹き飛ばした
「っ……!」

「草香さん、これをアイラさんに」
ルソーは持っていたペンを草香に投げ渡した
「でも、これは毒なのでは?」
「今の彼女の反応で確信しました。大丈夫です。それは、解毒剤です」
「!?」

「な……、何で、分かったんですの……」
腹をおさえながら『水仙』は呻く。ルソーは改めて彼女を見て言った
「右袖に8本、左袖に7本、右足に6本、地面に落ちていたのが1本、計22本」
「!」
「貴方が所有しているペンの本数ですよ」

「ですが、すべて軸の色が紫だったにもかかわらず、水色の軸は一本しかなかった。あの毒が解毒剤を使わないと解消しないのは貴方が一番よく知っているはず。ということは、万一事故で自分が被害を被った場合の解決策をとっておく必要がある」
「あの野郎……、あの短時間でどこまで考えてやがった」
アイラは開いた口がふさがらない
「いや、それよりも、一体いつ、ペンの本数と軸の色を確認してやがったんだ……」

「……そういえば」
ふと、何かに思い当たったかのように草香は呟いた
「私の仲間だった「流想」さんのやりかたに、よく似ている気がします」
「は? 何だよ、それ?」
「彼は特別な「眼」を持っていました。それを利用し、相手の挙動を読んだり隙を突くのを得意としていたんです」
「「眼」……だと?」
「はい。彼の視界を一度拝見したことがあるのですが、すさまじいものでした」
草香はあくまで抑揚をつけずに言う
「その圧倒的な処理速度と観察眼……。彼の世界は、一度集中すると」

「周りがスローモーションのように、遅く見えるのです」

「っ……、このっ!」
重い体を無理やり動かし、『水仙』はルソーに突撃する。しかし
「遅い」
簡単にかわすと、包丁の柄で彼女の肩を突き飛ばした
身体が思うように動かないのだろう。『水仙』はバランスを崩したまま倒れた

「……」
ルソーは一度、地面に伏して動けない『水仙』を見下した
スイセン花言葉を、貴方はご存知ですか」
その声は冷たさを通り越し、機械的にも聞こえた
「「自惚れ」、ですよ。貴方は確かに力があった。でも、力故に、僕に負けた。それだけのことです」

「……草香さん、『折り鶴』を抱えるのを手伝ってください」
踵を返し、ルソーは言った
「で、でも、彼女は……」
「放っておいていいでしょう。僕は彼女を殺す気はありませんからね。まぁ、毒がどうこうの話は、よく分かりませんが」
「くっ……」

「……」
動かない体を抱えられながら、アイラはどこかすっきりとしない、そんな感情に見舞われていた