バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

2 桜並木の散歩道

 桜がまだ枝に残る四月の暖かい日和。風に吹かれながら歩いていると、子供たちの笑い声が聞こえてきた。視線を上げると、小学校が見える。賑やかでいいなぁ、とマオトは呟く。
「なぁに、また子供?」
不意に女性の声が聞こえた。マオトはひとつ返事をする。
「ほんっとうに貴方、子供好きよね。ぎゃあぎゃあ騒ぐから私は嫌いなんだけど」
「いいじゃないか。元気な証拠だよ」
「そういうとこ」
溜め息と共に声が消えたので、マオトはまた歩を進めだした。


 一か月前、とある高校を卒業したマオト。彼の所属は三年四組。見た目は普通の学科だったが、マオトはそれが魑魅魍魎の寄せ集めであることを知っていた。それも比喩ではなく、本当の意味で。
 大学生となったマオトは心理学部に進学し、人の心の勉強をすることにしている。無論、学校が始まって一か月にも満たない期間だ。今は体調の管理を優先している。幸いにもカリキュラムを組む際に午前中の空きが多くなることに気づいたマオトは、その時間を散歩に充てることにした。

 

「なぁに、まーた高校の時のこと考えてるの?」
呆れた女性の声が降って来る。マオトは照れたように頭をかいた。
「あのクラスは楽しかったからね。それに、今でも彼らは困ってる筈なんだ。僕が、助けてあげないといけない」
「ほんっと、昔からそのお人よしは変わらないわよね。誰に似たのかしら」
「ミコトに決まってるじゃないか」
無表情のマオトだが、どこかからクスリと笑う声が聞こえる。

 

「そろそろ帰ろうか、コモリ。今日のお昼は何が食べたい?」
「うーん、あれ食べたい。お好み焼き」
「はいはい」
春風が桜の花びらをさらう。マオトはその中をゆっくりと歩いていった。

17 決意:白虎組の場合

「そうか、わしらも選抜された、と」
存外低い声で返されたので、石川は僅かに驚きながら彼を見る。「まぁ、とりあえず座れ」と促し、畳の部屋に巌流島と甲賀と石川の三人。

 

「……石川殿、ひとつだけ願望を言ってもえいか」
「構わねぇぜ。聞くだけ聞いてやる」
「忍のことなんじゃが」
巌流島はちらりと甲賀を見る。
「言うと思った」
石川はぽつりと返す。二人の視線が彼に向く。

 

「最初から分かってたよ。あんたたち見てれば、互いにかばい合って、相手をこちらに置いておけと言うことくらいはな」
「!」
「忍、もしかして主も」
「……ええ。こんなこと、一般人の私の言えた台詞ではありませんでしたが」
石川は息を吐き、視線を上げる。

 

「あんたら、まだ自分たちの才能に気づいていない節がある」
「才能?」
石川は声を投げかける。どちらかにではない。巌流島にも、甲賀にも届くように。
「常に二人で行動し続けてきたが故だろうな。お前たちは「互いがいる」ことにより「互いを守る」ために動き、結果として「互いの力を引き出している」。ここに二人を呼び込んで生活しているのをみて、伊藤弟だけじゃなく、そういった才のない俺も感じ取ったね。だから、甲賀が一般人であることを把握しているうえで、巌流島についていかせた」
「つまり、常に最高の状態を保つために、私が役に立たないのをわかっていて」
「ちょっと違う。さっきも言っただろ、巌流島がいることにより甲賀の力も引き出される。つまり、役に立っているんだ、おまえもな」

 

「この話をきいて、改めて確認したい。お前たちは、行くつもりはあるか?」
巌流島と甲賀は顔を見合わせる。しかし、そこに迷いはなかった。
「……忍」
「お館様、私はどこまでも」
石川は頷いて立ち上がった。

1 朝の紅茶、日常会話

 テレビから流れるアナウンサーの声を聞き流しながら、夜畔マオトはトーストをかじっていた。テーブルに温かいミルクティーが置かれる。
「本当、物騒だよねー。たまには一日動物の映像流しても罰はあたらないだろうに」
マオトが顔を上げると、スーツ姿の男がテーブルに着きながらそんな言葉をこぼしていた。

 

男、門島ミコトはマオトの育ての親だ。元の両親のことはマオト自身も知らないし、ミコトも知らないと言っている。
「ミコトは動物が好きだもんね」
「嫌いな生物はいないよー。犬も猫も人間も、みーんな兄弟」
「それ、何度も聞いてる」
マオトは笑わないが、リラックスして会話を楽しんでいることはミコトも分かっていた。

 

「今日、大学の講義は?」
「午後からだよ。午前中は散歩に出たいな」
「ん、わかった。じゃ、俺っちは会社だから」
「気を付けてね」
ミコトが出て行ったのを見送ると、マオトはペットが入ったケージを開けた。

プロローグ

 あ、また死んだ。


 劈くサイレンの音。フラッシュ。声。赤い水たまり、黒い空。それを全て見下ろし、赤い着物に身を包んだ少年はただじっと喧騒を見守る。昔から感情を露わにするのが苦手な彼だ。一体何を考えているのか、誰にも分からない。
 否。その目に映るのは、「愁い」。今は亡き命を見るか、喧騒を駆り立てる蟻の軍団を見るか。

 

「……いくよ、コモリ」
とんっ。空に投げられた身は、月と白熱灯の光に溶けて消えた。

16 決意:玄武組の場合

「アケミちゃん! 出てきてよ!」
「嫌っす! あたしは梃子でも動かないっす!」
扉一枚を挟んで緑の装束が言い争う。カワウチは突然の招集、派遣に反発し、自分の部屋に籠ってしまったのだ。
「貴重な経験になるのなら、皆をいかせるっす! あたしは、雑用だけで幸せなんすから!」
そう、いままで生きがいにしていた雑用仕事を離れることが、カワウチは怖かったのだ。

 

「……あっ」
一人が声を上げた。見上げるほどの体躯の男、田辺がそこにいた。
「どうだ、カワウチの様子は」
「一向に首を縦に振ってくれなくて……」
「……カワウチ、入ってもいいか」
「だめっす! いくら長であろうと……」
「そうじゃない。少し話がしたいだけだ」
田辺の声は低く、しかし優しさが溶け込んでいた。その気配を察したカワウチは、暫く葛藤したのちに扉を開けた。
「……どうぞっす」

 

「お前、確か兄弟が多かったんだよな」
他の隊士は追い返され、今部屋にいるのは田辺とカワウチだけだ。カワウチはうつむいたまま肯定した。
「下の兄弟が沢山いて、あたしは一番上っした。幼い兄弟たちを守るために、両親の助けになるように、あたしは今まで動いてきたはずっした。でも、あたしは忌み子だった」
悔しかったのだ。忌み子であるというただそれだけで、差別を受け、大好きだった兄弟も守れなかった事実が。
「この屋敷の隊士はまだ若いっす。普通に暮らせていたら兄弟はこんなになったかなって思うことも多くて。だから、あたしはここに残りたくて」

 

「一つ、教えてやろうか、カワウチ」
田辺は静かに語りだした。
「子供ってのは、遅かれ早かれ飛び立つものなんだ。それは親をはじめとする大人だけじゃない。一番近くで接してきた子供、兄弟だって同じことが言える」
田辺の脳裏に浮かんでいたのは、ボロボロで倒れていた、一人の青年
「それに、これは今生の別れじゃないんだ。また帰って来る。そしたら、いっぱい隊士と遊ぶといい」
「田辺さん……」
カワウチは目頭をこする。それを見た田辺はそっとカワウチを抱きしめた。
「大丈夫だ、お前は強い。今回のことも、乗り越えられるさ」
そっと、呪詛のように、その言葉を投げかけた。

15 決意:青龍組の場合

「斎藤さん、立花さん。今、大丈夫かな」
二人の部屋の前でそう声をかける乙哉。扉はすぐに開き、乙哉は部屋に招き入れられた。
「お疲れ様です、伊藤様」
「今日はどのような案件でしょう」
「君たちにお願いがあってきたんだ」

 

「今朝がたから遠征のためにメンバーが選抜されてるのは知っているね」
「はい。ですが、私たち青龍組は待機とのことでしたが」
「うん。その上で、僕と一緒に動いてほしいことがある」
乙哉はゆっくりと言葉を続ける。
「青龍組はこの屋敷の維持と共に、選抜隊のサポートを遠隔で行うことになったんだ。この地下に書庫があるけど、立ち入り禁止の扉の先は見てないよね?」
「はい。もとより誘う方もいらっしゃらないので」
「あそこはデジタルと術式を組み合わせたいわゆるコンピュータールームでね。異変察知や解析などに用いられてるんだ。そこで、君たちにその部屋への出入りを許可しようと思う」
「私たちが、ですか?」
「うん。その上で、君たちに仕事を与える」

「君たちは、選抜隊のサポートを交代で行ってほしい。サポート隊のリーダーとして、君たち二人を起用しようとおもっている」

 

「私たちでよろしいのですか、伊藤様」
「うるはに同意します。そのような大層な役、私たちにできるのですか」
「それを見込んでのお願いだよ。君たちは頭がいい。ただの天才じゃない。「素質」がそれを物語っている。勿論無理にとは言わないけどね」
斎藤と立花は顔をあわせる。暫く無言で見つめ合っていたが、やがて再び乙哉の方を向いた。

 

「分かりました。精一杯、やらせていただきます」
「どうぞ、よろしくお願いします、伊藤様」
「うん! ありがとう!」
乙哉はにっこりと笑った。斎藤と立花は無表情だったが、決意に燃えていた。

14 夜更けの会議

広い部屋にはランプが一つ灯るだけだ。顔を突き合わす四人。伊藤浩太、伊藤乙哉、田辺雄介、石川卓郎。四人の会合はひそやかに行われる。

「兄貴、大丈夫だった?」
「うん。声が聞こえた以外は何ともなかったから」
「西の果て、か。当てはあるのか、石川」
「古くからパワースポットとして祭り上げられた土地が西にある。十中八九そこの事だろうな」

 

どうする。四人の視線が集まる。
「無下にするのも気が引けるが、おびき寄せられてる気もしないでもないな」
「この館は山奥だが、そろそろ誰かに見つけられる可能性も否めないな」
頭を悩ませていたところに、乙哉が声を上げた。
「皆は西の果てに行って。留守番は僕たち青龍組が受け持つよ」
「いいのか、乙哉」
「うちの組は体を張るのには向いていないからね。その代わり、逐一様子は確認するよ」

 

「よし。俺たち三人でメンバーを選抜しよう。残りの面子と青龍組は警戒しておいて」
「大丈夫か、伊藤弟」
「任せて。そのプランでいこう」
「さて、選抜メンバーなんだが……」

 

その会議は夜更けまで行われたらしい。