バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

現在連載中『サルバトーレの青春時代』についてのお知らせ

お世話になっております、亜和希です。

 

いつも『サルバトーレの青春時代』をご愛読いただきありがとうございます!

本日の更新を持ちまして「Beau diamant編」を締めさせていただきます!

 

そしてここで更新に関してのお知らせです。

読者を一か所にまとめる、更新の負担の軽減を図りまして、今後の『サルバトーレの青春時代』は小説サイト「ノベルアッププラス」での連載更新をさせていただきます。

当ブログでの本編更新はここで一度締めとさせていただきます。お疲れさまでした。

番外編とかはたまに描きますので、時々こちらもチェックしていただけると嬉しいです。

 

次回より新章「井戸端陽編」開幕です!

新体制になりましても『サルバトーレの青春時代』、そして亜和希の小説をよろしくお願いします!

コメント、スタンプ、お気軽にどうぞ!

 

↓ノベルアッププラス版『サルバトーレの青春時代』(内容は同じです)

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51 先を見つめて

 数日後、虎屋から呼び出された羽鳥は待ち合わせ場所の駅前時計台付近に足を運んだ。見ると、虎屋の他に面識のない二人の男女が立っていた。
 年齢は自分たちと同じくらいか。女性はスポーツ系の真面目な印象を、男性は軽い印象を受ける。その制服に羽鳥は既視感を感じ、首を傾げながらそちらへと向かった。
「お待たせ、イズミちゃん。……そちらの方は?」
「ひなちー。……この間のグレフェス、覚えてる?」
 忘れるわけがない。羽鳥は頷く。
「……彼女たち、Beau diamantの元ベースと元DJ」
「!」
「元々ベースの彼女が私と北河くんに声をかけてきたのが最初だったの。リーダーの喜咲を止めてくれってね。それからずっと警戒してたんだけど、手を出すのが遅くなってしまって、彼女と、彼女を支えていた彼がまとめてやめさせられた。ああ、安心して。今は部活で別のバンドに編入してるわ」
「……」

 

 女性の方が歩み出て、羽鳥に深く頭を下げた。
「Beau diamant元ベース・辻宮絢です。……先日は、ありがとうございました」
「頭を上げてください! 私はなにもしてません!」
「いいえ。貴方が動いてくれたから、喜咲はようやく自分の間違いを認識した。否定していても動かない事実。この後彼女がどうするかは知らないけど、これで、楽になれる」
 辻宮の声は震えていた。その涙がどの感情から来るか羽鳥にはわからなかった。どういう形であれ喜咲を落としたこと、もしくは喜咲から離れられたことに喜んでいるのか、それとも。

 

「……辻宮さんは、今後、何がしたいですか?」
「え?」
「バンド活動、続けられるのかなって。もしそうなら、いつかライブでご一緒したいなと思ってて!」
 辻宮は視線を落とした。
「……高校を卒業したら、音楽活動は一度やめるつもりです。あくまで部活の一環でやってましたから。卒業したら大学に通って……、保育士に、なりたいんです」
「……そっか、それは残念です。でも、きっといい保育士さんになりますね!」
 羽鳥は辻宮に笑いかけた。成人のような羽鳥の行動にまた一人救われたのだった。

 

 

 その後、折角こうして顔を合わせたのでどこかでお茶でもしようと言う話で一致した四人。その場から離れようとしたとき、彼女たちの背後に声が投げられた。

 

「羽鳥さん」

 

 四人が振り返り、同時に驚く。そこに立っていたのは、ギターを背負った黒づくめの、眼鏡をかけた男性。羽鳥を除く全員はその顔を既に深夜帯のテレビで何度も見ていた。
「あれ、お笑い芸人の、かわずさん……?」
「何でこんなところに? ひなちー、知り合い?」
「ていうか、かわずかなたって、死ぬほど音痴だったはずじゃ?」
 羽鳥だけは、他の三人と驚きの質が違った。
 震える声でこちらも返す。彼は他の誰もが知る存在ではない。数年前、本気で音楽をやりたいからと羽鳥の前から姿を消した存在。そして、

 

「――陽、さん?」

 

 『アベルとカイン』と一番深く交流をしていた、「天才」だった。

50 けじめ

舞台裏に戻ってきた出場者一同。喜咲はわんわんと泣いてるが、もう彼女に声をかける人はいない。
「き、北河さん、ファインプレーでした……」
 丸久が北河に声をかける。北河は彼女に応えるように手をひらひらさせる。
「僕は真実をお伝えしただけだ。誤解が招く混乱は深まっていくほど解くのに時間がかかってしまうものだしね。それに、今回のファインプレーは僕じゃない。身を挺してでも自分の仲間とあのベースの子を守り抜いた羽鳥さんのほうさ」
 安藤は顔を上げて周りを見渡す。
「……その羽鳥は、どこいった」
「え? いないの?」

 


 座り込んで泣きじゃくる喜咲の目の前に誰かが立った。喜咲が顔を上げる。青い衣装に身を包んだ、羽鳥日菜。
「……何よ」
「……大丈夫、じゃ、ないよね」
 喜咲は勢いで羽鳥の胸倉を掴んでいた。
「あんたのせいよ! あんたのせいで! 完璧だった私の人生に傷がついたじゃない!! あんたがいなければ、あんたがいなければ!!!」

 

「……喜咲様」
 二人の方に声をかける低い声。喜咲はその顔を見た。
「芭虎……?」
「もうやめましょう。自分の履歴の「傷」から目を背けるのは」
「何言ってるのよ! 私は完璧だったのよ! 貴方、自分が何を言ってるか分かって」
「華怜」
 喜咲は鋭く息を吸う。
「……家のしきたりに従ってお前を止められなかったのは、俺の過ちだ。でも、俺も分かっていた。お前の考えは分かる。喜咲家に生まれた以上、常に名を上げなければならない。だが、お前は方法を間違った。……今回だけじゃない。今までお前は何人傷つけたと思っているんだ」
「芭虎……! 貴方もそんなことを言うの!? 許さないわよ、貴方も解雇されたいの!?」
「それならそれでいい。……いや、それ「が」いい。そうすれば、俺たちはもとの「幼馴染」に戻れるだろう」
「!」
「幼いころのように、気兼ねなく思ったことを言い合える間柄。独りになってしまったお前に今必要なのは地位でも名誉でもない。お前を止められる存在だ」
芭虎は喜咲の腕を掴み、羽鳥から引き離す。そして、こちら側に顔を向けない喜咲を抱えたまま芭虎は羽鳥に深く頭を下げた。
「この度は、喜咲華怜が粗相を申し訳ございませんでした。そして、辻宮と菊園の声を聞き届けてくださり、ありがとうございます。彼女の事はあとは俺たちで片を付けます。……これ、頬の赤みが引くまでお使いください」

 

渡されたアイスノンをしばらく眺めていた羽鳥だったが、やがて顔を上げ、こちら側も芭虎に頭を下げた。
「辻宮さんと、菊園さんっていうんですね。あの方々にもよろしくお伝えください。綺麗にはいかなかったけど、私は応援してます。……勿論、喜咲さんのことも」
「!?」
「再三いわれてますしこれからも言われるでしょうから、私はもうこの件に関して口を出すことはしません。……でも、私、貴方のパフォーマンス、凄いと思ってました。もし、こちら側に帰ってくることがあったら、その時はまた対バンしてください」
 羽鳥はもう一度芭虎に頭を下げ、喜咲の返事を待たずにその場を立ち去った。

49 秘密の助太刀

突然会場に響く声。舞台袖から出てきたその姿に、会場が沸き立ち、羽鳥は驚いた。
「き、北河さん!」
「どうも~、よい子はお休み、ネロ・北河で~す」
羽鳥が口を開こうとしたが、ネロはそっと後ろを振り返り、口元に指をあてた。
「ネロさん、どうしてここに!?」
「司会が驚いちゃだめよ、加原先輩。グレフェスの魅力をお伝えしてくれって運営からお願いされて、裏で待機してました。この二人に何があったかもしっかり見てるので、喜咲ちゃんが殴りかかる前に弁明しておこうかな、とおもって」
喜咲は固まる。北河がsalvatoreのメンバーであることは知らないが、真実を明かされると不利になるのは喜咲の方だ。
「馬鹿、やめなさい!」
「どうして? きちんと真実をお伝えしないと、誤解が生じたまま何もかも歪んでしまう。それに、心配するべきは君じゃなくて、「頬が赤くなっている」羽鳥ちゃんだと思うんだけど?」
「っ……!」

 

北河はありのままを話した。確かに手を上げたのはsalvatoreのメンバーであること。しかしそれは、Beau diamantの理不尽な人選に怒ったこと。羽鳥はメンバーが罪を犯さないように間に入って平手を食らったこと。
「それに、二回戦は会場投票制。君たちに票が入らなかったってことは、「ベースとDJのメンバーが変わってる」ことに気付いた人が少なからずいたんじゃないかな」
「北河さん……」

 

「何よ、ベースが変わったくらいで音が変わるわけないじゃない。だれでもいいのよ、そんなの!」
「へぇ……、「だれでもいい」?」
喜咲はまだ気づかない。今、会場は完全に喜咲のアウェーであることを。
「だってよ、皆~! こんなリーダーより羽鳥ちゃんを推してくれるよね~!」
ぱらり、ぱらり。手を叩く音。それは瞬く間に広がり、会場全体が、羽鳥を応援していた。
「……ということらしいけど、反論あるかい、喜咲さん?」
「く、くぅぅぅぅぅ!!!」

 

「独りよがりな欲望は身を亡ぼす。皆も分かったんじゃないかな。というわけで、salvatoreも進出するグレフェス準々決勝、まだまだ続くから皆、もっと楽しんでね!! おはようございます、ネロ・北河でした!」

48 暴れるお姫様

「二回戦を勝ち抜き、準々決勝に進んだのは!」
いよいよ結果発表だ。羽鳥も喜咲も壇上に上がり、ぐっと両手を握る。
アベルとカイン、HELIOTROPE、スケッチブック……」
読み上げられるグループ名。上がる歓声。呼ばれていない者の緊張。そして。
「……salvatore。以上8組です!」
「……!」
羽鳥は顔を上げる。二回戦勝ち抜きが確定し、笑顔がこぼれる。だが、その一方で。
「ちょっと! どういうことよ!」
喜咲が司会に噛みついた。

 

「Beau diamantの名前がなかったじゃない! 選ばれてないはずないわよね!?」
「ええっ、……いえ、今回は選出されてないですね」
「嘘つかないで! 今回は会場投票制よ、人気のある私に票が入らないわけないわ!」
舞台上で滅茶苦茶に噛みつく喜咲。アーティストたちはそれを眺めていたが、その矛先が突然羽鳥を向いた。
「大体! 私に手を上げたsalvatoreが準々決勝に進んで、私たちが落ちるなんて納得いかないわ!」
ざわめく会場。何も言わない羽鳥は、しかし「事実」であるそれに下手に口を開かない方がいいと押し黙っていた。かつかつと足を踏み鳴らし、羽鳥の胸倉を掴む喜咲。
「ムカつく、ムカつくわよ貴方! そんなに私が気に入らないのかしら?」
「……」
会場が混乱しかけた、その時。

 

「それに関しては、僕から弁明させていただこうかな?」

47 頬の赤みはあの子のため

「羽鳥、大丈夫か」
舞台裏に立つ安藤は羽鳥に声をかける。羽鳥の頬の赤みは引いていない。
「やっぱり冷やしたほうがよかったんじゃないか」
「大丈夫。それに、これがあったほうが、私も覚悟ができる」
「……期待してるからな」
ここで抑止の言葉をかけないのが安藤だ。羽鳥は安藤に笑って頷いた。

 

「こんにちはー! salvatoreです!」
マイクを通して大きく笑顔で挨拶する羽鳥。安藤の準備が終わるまでMCをつなげる。
「前回はありがとうございました! まさか、自分でも泣くとは思ってなかったんですけど」
安藤は準備をしながら後ろで羽鳥の声を聞く。思ったより元気ではきはきとした声。舞台慣れもしてきたようだ。
「今日は、皆に元気を届けるために、明るい曲を唄おうと思います! 今の私たちだから歌える、いい曲だと思います!」

 

羽鳥は会場が少しざわめいてることに気が付いた。多分、自分の頬のことだ。心配してくれている人がいるのだろう。ほんの数か月前まで誰も気に留めなかった割には大きな成長だと自分でも思う。
「……もしかして、これ、きになります?」
だから、正直なことを話そうと羽鳥は思った。
「大切な人のために、少し喧嘩しちゃって。仲直りはできてないんですけどね。でも、大丈夫です。その大切な人のために、今日このステージで歌うって約束したので!」
脳裏によぎる虎屋の顔と、見たこともない、Beau diamantのベースの子。
今日、は私は彼女たちのために歌うと決めたのだ。
「お待たせしました! それでは聞いてください、『Standup!』」「……大丈夫かな、ひなちー」
「この問題に関しては……、僕が動いた方がいいかもね?」

46 ファンの違和感

「羽鳥、大丈夫か?」
心配するメンバーに羽鳥は笑いかける。
「大丈夫だよ。痛みだって一瞬だったし」
「でも、頬赤いですよ。冷やしたほうが」
「ううん。このままでいさせて」

 

虎屋は罪悪感に打ちひしがれていた。あまりに平気そうに振舞う羽鳥の様子が、逆に心を締めあげられる。
「ごめん、ひなちー。」
「ううん。私も早く気付けばよかった。イズミちゃんが、そんなに怒ってるって」
「でも、そのつもりがなかったとはいっても、ひなちーが……」
羽鳥は微笑んで虎屋の手を取る。
「イズミちゃんが怒ってる「証拠」、大事に持っておくから。大丈夫。イズミちゃんに頭を下げた相手も、救うから」
「……ごめん」
どれだけフォローをかけられようとも、大事な仲間に手を上げてしまったという事実は、虎屋の重荷になっていた。

 


表舞台ではグレフェスが進行し、Beau diamantの番になっていた。
機材の用意を進めているメンバー。会場はざわめいていた。楽しみのコールの中に交じる、「あれ? ベースの子、変わった?」「DJもかわってない?」
しかし、その声は喜咲には届かない。

 

「皆様ぁ! お待たせいたしましてよ!!」
マイクを握り高々に宣言する喜咲。盛り上がる開場。しかしその基盤は、すでにどこかが揺らいでいた。

 

喜咲は知らない。辻宮と菊園を追っていたファンの力を。