バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

1 赤髪の殺人鬼

「ききました? また出たそうですよ、赤髪の殺人鬼」
新聞を広げながら女性が言う。何気ない日常の会話である

「困りますよねー。この近辺らしいじゃないですか」
「やっぱり、都会って怖いですね」
その会話を聞きながら、彼、ルソー・ハレルヤは紙の束をめくっていた
ここは弁護士事務所。彼は明日開かれる民事裁判の資料に目を通しているのだ

「でも、この人が捕まったら、誰かが弁護しなきゃいけないですよね?」
「えー、怖いなぁ。こんな小さな事務所、すぐにつぶされそう」
「ねぇ、ルソーさんはどうします? もし、こんな裁判の弁護士、やらなきゃいけなくなったら」
ルソーは資料をめくるのをやめ、視線を上げた
赤から黄色にかかるグラデーションの髪がゆらりと揺れる

「……誰が依頼人だろうと、全力をつくすまでですよ」
淡々とした口調でつぶやくように彼は言った
「もっとも、僕は刑事裁判なんてするつもりはありませんが」
そう言って、ルソーは立ち上がった
「今日のところは失礼します。明日はよろしくお願いします」

「なんというか、つかみどころのない人だよねぇ」
ルソーが去った後の机を見ながら、仲間が呟いた



「えっ、明日裁判なの! お姉ちゃん聞いてない!」
「そりゃ、言ってませんから」
机についてご飯を口に運ぶルソーを見ながら、姉のフブキは困惑した

「あのさぁ、そういう大事なこと、なんで言いたがらないの。昔からそうよね」
「関係ないからいいじゃないですか」
「関係ある! 早起きしてご飯作らなきゃいけないじゃない!」
「いつもの時間でいいと何度も言ってるじゃないですか……」
ルソーはそう言って箸をおき、立ち上がった

「ちょっと、ご飯もういいの?」
「今日はあまり食べる気になれなかったもので」
「裁判前だから緊張してるの?」
「違いますよ。……明日の資料を読み込むので、部屋にあがります。ドア、開けないでくださいね」
「はいはい」
テレビをつけたフブキを見ながら食器を下げたルソーは居間を出た
そして、部屋のある二階ではなく、玄関にむかって歩を進めた



ザシュッ
耳障りの悪い音があたりに響く
部屋の角にかたまり、震えあがる家族
それを見下ろす男は、帽子こそかぶっているものの、その髪の毛先は赤かった

「……悪く思わないでくださいよ」
男が口を開いた
「貴方たちがどんな人間で、何の職種について、どんな恨みを買っていただなんて、興味はないんですよ」
垣間見える紫の瞳が、すっと細くなる
「僕が貴方たちを殺すのは、そう指示されたか、その場で殺りたくなったからか。だから」
そうして男は、自らの右腕を左胸に押し込んだ

「貴方たちは、運がなかった」
ずるりと、その左胸から赤い「何か」が現れた



荒い息遣いが消えたころ、男……ルソーはすでに街にくりだしていた
手元の端末を耳にかざしながら、どこかへと向かっている

刹那、彼は奇妙な少女とすれ違った
この秋の肌寒い日に、半袖で歩く少女
確かにルソーはその姿を見たが、大して気にも留めずに歩いていく

少女は立ち止まり、振り返った
帽子からはみ出る赤い髪に釘付けになる視線
「……あれは」
少女は、ルソーの姿を追いかけていた