バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

26 笛と犬

「トサ、さん……?」
目の前の光景に言葉を失うルソー。遅れて入ってきたアイラも足を止める
その場で棒立ちになっているトサは、うつむいたまま口の端を釣り上げていた
「くっ、くくく……そうだよ。最初からこうすればよかったんだ。俺の邪魔をするやつは、消してしまえばいい……」

「トサさん、何があったんです。その足元にいるのは」
あくまで冷静にルソーは問う
トサはようやくその声に気付いたのか、視線を上げた
「……トサ、じゃねぇ。今の俺はトサじゃねぇんだ」
「……?」

「俺は『狗』。殺人鬼だ」

殺人鬼。その言葉を聞き、ルソーとアイラは身構えた
「『狗』、ですか。その二つ名位は聞いたことはありますが、貴方がそうなのですか」
「ああ、そうだ。騙ってるわけじゃねぇ。今から証拠でも見せてやろうか?」

『狗』は嗤って自らの左胸に右手を当てる
ズルズルと嫌な音を立てて右手が沈む
「心器」が出る。ルソーも右手を左胸にあて、様子を伺った
やがて、出てきたのは

「……笛?」
アイラが拍子抜けた声を上げた
それは、別段何の変哲もない、ただの赤黒い犬笛だった
「くく、なめない方がいいぜ……?」
『狗』はそれをくわえ、息を吹き込んだ
かすれた音だけがそこから響くようであった。が、ルソーは部屋のあちこちから影が動くのを見た

「これは……」
一体どこにこんなに隠れていたのだ
出てきたのは、そう問いたくなるほどおびただしい量の、犬
皆、一様に大柄で、目をぎらつかせ、涎をたらしていた
「さっきから獣臭ぇと思ってたら、こいつらのことかよ!」
アイラが舌打ちをした

「こいつらは俺がかき集めて調教した捨て犬だ。俺が指示すれば何をするのもいとわねぇ。勿論、人を喰うことでさえもな」
ルソーは合点がいった。つまり、今『狗』の足元で死んでいる原告は、彼の犬によって喰い殺されたのだ

「ここまで知っちまったんだ。お前らも始末しなきゃならねぇよなぁ?」
『狗』は顎を上げ、ルソー達を見下した
そして、もう一度犬笛をくわえると、かすれた音を出した