バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

53 最低の二つ名

「『変態』……ですか?」
唐突にその二文字を聞かされ、ルソーは眉間にしわを寄せる
仕事が終わった帰り、ルソーはハシモトの裏事務所に寄り道をしていた
髪を黒に戻し、「エミなんて言うな、まどろっこしい」と本人が言ったので、これまで通り、ハシモトはハシモトである

「そ、『水仙』が鳴りを潜め、『狗』が死んでから、最近あがるようになった二つ名だ」
「また散々な二つ名を付けられましたね……」
見たことも聞いたこともない殺人鬼だが、とりあえずルソーは同情する
「ただな、これはお前も知らねェとは言わせねェぞ」
ハシモトは煙草を灰皿に押し付けながら言った

「最近のニュース、見てるだろ」
「はい。政治経済はさっぱりですが」
「そうじゃねェ。最近この辺りに『死神』って通り名の殺人鬼が出てるのは知っているな」
ハシモトのその言葉に、ルソーは思い返した
「はい。今朝がた、姉さんとその話をしたばかりです」
「あれが『変態』なんじゃねェかって、噂されてるんだよ」

「『変態』は長い間、裏世界で活動していた殺人鬼だ。一部では、ありゃァ不老長寿なんじゃねェかって位、長いこと活動している。その趣味趣向が悪いことからついた二つ名が『変態』」
「最低の二つ名じゃないですか。そんなに悪いんですか」
「「そりゃもう、吐き気がするほど」って、俺は聞いてるけど」
「その辺は曖昧なんですね」

「それが最近になって、表にまで顔を出すようになってきた。この世界の唯一の良心である警察を手にかけるまでに至っている」
「で、それを見たら、殺せというのですか」
「いいや、これはただの注意喚起だ。お前のことだから「うっかり死ぬ」なんてことはないだろうけどよ、気を付けておいた方がいいと思うぜ」
「はぁ」と、曖昧な返事をするルソーを横目に、ハシモトはコーヒーを淹れだした。「お前も飲むか?」と訊かれたので、ルソーはやはり「はぁ」と曖昧に返した

やがてコーヒーを二杯淹れたハシモトが戻ってきた
目の前に置かれたコーヒーに、ルソーは軽く息を吹きかけ、口をつける
苦い。コーヒーか紅茶を選べるなら、紅茶を選ぶルソーの率直な感想である
「コーヒーは香りを楽しむものだ」とは、どこかの素人の言葉だったか、不意にそんな言葉が頭を過った

「……で、話を戻すぞ」
物思いにふけっていたルソーをハシモトが引き戻す
ハシモトは机に置いた肘に頭をもたれながら、資料を眺めた
「死体の状況から見るに、凶器はかなり大きめの刃物だ。しかもかなり切れ味がいい」
「物を飲食しながら死体について語る貴方の神経が理解できないのですが」
「同類のお前が言うな、馬鹿野郎」

「ま、とにかくそんなんだから気を付けろ。大型の刃物だから『殺戮紳士』の時の仕込み刀とか心器でもない限り隠し持てやしねェだろうけどな」
ハシモトはルソーの前に資料を置いた
「気になるなら見ておけ。車はだせねェが、事務所を追い出すことなんてしねェからよ」
「……感謝します」
ルソーは手元の資料をとりあげた