バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

66 「生きろ」

「だあ、もう! わざわざ呼び出しておいて荷物持ちかよ、人使い荒いやつめ!」
少量ながらも重い荷物を抱えながらアイラはハシモトに突っかかっていた
ハシモトは涼しい顔で先を歩く
「だったら話を聞いた時点で帰ればよかっただろ。最近「オヒトヨシ」になってんだよ、てめェは」
「るっせぇ」

ようやく滑り込んできた電車に乗ると、アイラは座席に荷物を置いて音のたつ勢いで座席に座った
「体の調子はどうだ、アイラ」
横に座るハシモトに、アイラは「まずまずだよ」と返した
「大分よくはなってきてるんだけどよ、やっぱり力入れるとまだ痛みがのこってる」
「そうか。……なァ」
「あん?」
「ちょっと真面目な話、してもいいか」

「お前さ、今までなんで生きてきたんだ」
突然のハシモトの言葉の意図がつかめず、アイラは首を傾げながら答える
「……母親を殺した犯人への、復讐のため、か?」
「だろうな。で、その犯人……名瀬田への復讐はあれで完了したんだよな」
「ああ、まぁ。」

「お前さ、何で生きてんの」

「……!」
正直、そんな質問を吹っ掛けられ、アイラは少し頭にきた
だから反論をしようとしたのだが、何も言葉が見当たらない
「自分が、なぜ今、生きているのかわからない」のである

「……だろうとおもった」
ハシモトはため息をひとつ吐き、座席の対面にある景色の、上り始めたばかりの月を見た
「俺さ、今一番心配してるの、お前のことなんだよ」

「ルソーは是が非でも生きる覚悟がある。草香もルソーがいる限り壊れまい。ヤヨイだって、生き抜くことに関しては人一倍欲求がある」
アイラは、ぼんやりと月を見るハシモトを見ることだけしかできなかった
「だから、俺が今一番心配してるのはお前なんだよ。ふっと油断すると、いなくなるような、そんな気がしてならねェ」
「……」
アイラは何も言えなかった
「だから、俺はお前にこう言いたいわけ」

「今は生きろ。先のことも、後のことも考えるな。今を生き抜け」

「……ちっ」
アイラは舌打ちをひとつすると、また彼も月を見た
「んな心配される筋合いはねぇよ。生きてやる。いなくなっちまった母さんの分まで生きてやるんだ」
「それでいい」
ハシモトは視線を動かさずに返した

「……ところで、この電車、止まったか?」
ハシモトのその一言で、アイラはそういえばといぶかしげに周りを見る
「もう20分近く止まってないぜ」
「だよな。この辺は駅が密集してるから、5分も乗れば駅に着くのに、何が……」

その時
バツンと音を立てて、進み行く電車の明かりがすべて消えた