バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

所属の理由

「珍しいね。君からお茶に誘うなんて」
鬼才はそう言いながら、コーヒーを一口含んだ
梨沢が鬼才に出会ったのは偶々道端でばったりだったのだが、ふと、先日出会ったことを思い出し、呼び留めてしまったのである
そんなところで何の話題もないのだが、とは言えず、梨沢もコーヒーを飲む

「梅ヶ枝君から君のことは逐一聞いてるよ」
鬼才からそんな話題がふられ、余計なことを、と梨沢は僅かに渋い顔をした
「まだあのチームに入ってないんだって? 君も頑固だねぇ」
「他人のこと言えないんじゃないか、鬼才さんもさぁ」
そうだね、と笑いながら肯定する鬼才。そして彼は
「僕の場合は、ちょっと特殊だったからね」
と続けた

言葉の意味が分からずに首を傾げる梨沢に、鬼才は続ける
「僕は私営の探偵から公的な自警団に引き抜かれたからね。『枷』になると思ったんだ、僕自身にも、彼らにも」
公的な自警団の活動の私営の探偵組織だとぶつかることも多々ある
そのどちらにも所属していれば、いずれぶつかり合うことは目に見えていた

「それに、どのみち僕にあの組織を引っ張っていく力はなかったんだ」
空になったカップに僅かに残る液体をまわしながら鬼才は言った
「君もよく理解してるだろう。臨機応変な栗原君、社交的で頭脳派な真苅さん、活発で勇気のある柿本さん、誰が見ても完璧な梅ヶ枝君。林檎君に関しては僕が抜けた後に入ったからよくわからないけど、彼もすごいって聞くし。あんなにすごいチームに、欠陥品の僕がいられるわけないじゃないか」

それは大いなる卑下にすぎない。梨沢はそう思った
「優秀であるからこそ」公的な組織に引き抜かれたというのに、彼はその自覚が全くない
天然の秀才ほど恐ろしいものはないと、梨沢は彼なりにそう思う。だから
「あんたもすごい奴だって自覚しろよ」
とだけ言って言葉を切った

「まぁ、そんなわけだから僕はチームを抜けて、今は新しいチームを探してるところなんだよね」
「チームに入ろうとは思ってるんだな」
「この時世にチームに入らない方がなにかとやりにくいってのは実感したからね。とはいえ、募集してるのはどこも私営で合うところがないからさ」
そんなわけだから、と鬼才は顔をあげた
「君も早い所チームに入っちゃえば? 君ほどの『天才』がどこにも所属しないのは惜しいよ」

梨沢は言葉を返そうとしたが、その前に鬼才は立ち上がった
「まぁ、何よりどこかに入ってしまえば、梅ヶ枝君の「うるさい勧誘」がなくなると思うんだけどね」
コーヒー、僕から払っておくから、とだけ残し鬼才は梨沢の前から立ち去った
残された梨沢は暫く空を見つめていたが、やがてカップに残ったコーヒーを一気にあおった