バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

3 ある男の場合

その日、フソウはベンチに腰掛けて空を眺めていた
真夜中ではあるが今日は人を襲う気になれず、ぼーっと時間を過ごしているのである
そこに足音が近づいてきた
フソウはちらりと横を向いた
「よっ」
「……あなたですか。珍しいですね」

足音の主、ハシモトは何気なしにフソウの横に座る
「とうの昔に死んだかと思いましたよ」
「俺はそう簡単には死なねェよ」
ハシモトはヒヒッと高い声で嘲うと、空を見上げた
「お前が人を襲ってないのも珍しいなァ」
「私だって気が向かないこともありますよ」

「そうそう、あんたにお礼を言おうと思ってたんだ」
ハシモトは持っていた鞄を開けて中身をあさる
「あんたのおかげで心器を使えるようになってねェ」
「おや、そんなことが。私としたことが、迂闊でしたね」
「いや、それで救われたから結果オーライ」

「ほら」
ハシモトは鞄から小包をとりだしてフソウに渡した
「少ないが受け取ってくれ」
「……それで私を買い取ろうとしているのですか?」
「買い取るのはまだ先かねェ。今はとりあえず、な」

ハシモトはフソウの手に小包を押し付けて立ち上がった
「じゃ、俺はこれで」
暫くハシモトの背中を眺めていたフソウは、ふとその小包を開けてみた
「……クッキーですか」
悪くない、とフソウは呟くと、その欠片をひとつつまみあげて口に運んだ