【スーツ武器オフ会】怪物の告白【ノイジー編】
ここはどこだろう。
何も見えない。何も聞こえない。ただ、とても心地がいい。
ふわふわと宙に浮いたそんな感覚。
ふと上を見上げると、よく見知った姿がそこにあった。
二振の刀を握りこちらを見下ろす「怪物」……、もう一人のノイジー・ノーティス。
元来こいつとは仲が悪かった。争いを好まない自分と正反対の、冷酷な刀使い。そして、音を食らう張本人。
だが、その時ばかりは彼も無表情のまま、その場を立ち去って行った。
すっと光が差し込む。少し硬めのベッドにノイジーは横たわっていた。
どうやらあれから医務室に運び込まれたらしい。ふと横を見ると、心配そうに西名がこちらを覗きこんでいた。
「ノイジーさん、ごめんなさい。わたし、びっくりしちゃって」
「ああ、いいんです。勝手に入った僕も悪かったので」
そう言ってノイジーは気が付いた。
先ほどまで自分の中で渦巻いていた「音」が、聞こえなくなっていた。
同時に分かる。今は、西名が向ける好意しか、その音が聞こえない。
「……怖く、なかったですか」
ノイジーは恐る恐る訊いていた。
抜かなかったとはいえ、刀に手を置いていたノイジーは、自我を保っていたとはいえ「怪物」の片鱗を多かれ少なかれ西名に見せていたはずである。
なのに、西名はきょとんとして言うのだ。
「何が、ですか?」
「何も怖くないですよ。ノイジーさんはノイジーさんじゃないですか」
寧ろ、この時怖がっていたのはノイジーの方であった。
こんなにも好意を向けてくれて、いつでも構ってくれて、たまに振り回してくるこの女性が、自分から離れていくのが容易に見えた気がして。
「僕は……」
彼は一度そこで閉口した。しかし、不思議そうに眺めてくる西名を見て、腹をくくった。
危険なことが起こる前に彼女には明かしておかなければならない。
たとえそれが、彼女が離れる結果となるとしても。
ぐっと唾を呑み込み、彼は言った。
「僕は、怪物なんです」
彼は話した。
刀を抜けば冷酷になることも。気持ちを音として感知することも。そして、今やその音が感知の域を広げ、どんなものでも音として聞き取り、食らうようになったことも。
何時しかぼろぼろと涙を流していた。眼鏡をはずし、乱暴に拭う。
「最後」になるかもしれない会話を、彼は噛みしめて話した。
「ごめんなさい」
最後にノイジーは言った。
「ごめんなさい、こんな人間でごめんなさい。僕は、僕は貴方すら守れなかった」
冷酷な「怪物」がこちらを覗きこんでいる。
ノイジーはベッドからはい出て立ち去ろうとした。
『おい』
「怪物」だけが、その異常性に気づいていた。
【スーツ武器オフ会】整備室の緊張【ノイジー編】
自分の背後の「怪物」は、音を食らって、ノイジー自身も食らって、目まぐるしい速さで成長していく。
早くこの呪いから解放されたいと何度願ったか。そして、それは呪いではないということに何度絶望したか。
無音の場所を。せめて、静かに流れる時の音が聞こえる場所を。
それを探し求めて、ノイジーは不意に立ち止まって横を見た。
「……整備室……」
技術部が普段ここで仕事をしていることは、ノイジー自身も知っていた。
今日は総出で外食に行く、なんて話もしていたと思う。
今ならここは静かなのではないか?
ノイジーは一縷の望みをかけて整備室の扉をあけた。
背後の「怪物」は腹を引きずってついてきた。
案の定、静かで暗い空間がそこに広がっていた。
暗いところに安堵を覚える少しひねくれた性格のノイジーにこの空間は心地よすぎた。
それまで熱かった身体が冷やされていく。何度か見たが使い方の分からない機械に体を寄せると、更に心地よい冷たさが彼から体温を奪っていった。
「……ずっと、この時間が続けばいいのに」
そう思った時だった。
「忘れ物!!」
その声とバァンとドアを開ける音にノイジーの心臓が跳ね上がった。
思わず身を寄せていた機械の陰に隠れる。
数度の深呼吸の後冷静になったノイジーは、機械の陰に隠れながらも声の主を目で追う。
「……」
先方は先ほどまで音符マークを転がしていたというのに、不意に黙り込み、右手にスパナを取り出した。
どうやらこちらに気づいたようだが、相手が分からないためか警戒している。
それもそうだ。ここにスパイに入ったものは大体誰かにボロボロにされてはじき出される。
よってここへの侵入は命知らずもいいところ。
それでもここまでたどり着いたというのであれば手練れというものだ。
……まてよ。もしかしたら自分は。
「敵と、勘違いされている……?」
ノイジーは腰の刀に手を当てる。
仲間に抜刀する気は毛頭ない。だから彼は立ち上がり、機械の陰から姿を現した。
「いた!」
先方が理解する前にスパナを振り上げているのも承知の上。
だから、刀から手を放し、素手でその右手を受け止めた。
「!」
「……」
細かい傷と、皮の厚い手。やはりこの子は技術部の申し子だ。
「僕です。大丈夫ですよ、西名さん」
ノイジーは力なく微笑むと、「怪物」に押しつぶされたかのようにその場に倒れこんだ。
【スーツ武器オフ会】彼の過去【ノイジー編】
きしり。
骨のかみ合わない関節の音。
足を引きずる様に、ノイジーは歩いていた。
ヘッドホンで阻害していたはずの音が、日に日に大きく、多くなってきている。
助けてください。そう叫びたくても、この力の存在は殆ど知られていないし、知られたくない。
彼は気づいていた。
今や彼の世界の音は「気持ち」だけにとどまらず、あらゆるものが音になって襲い掛かってきていることに。
遡ること数年前。
まだ、彼が幼い子供だった頃。
ノイジー・ノーティスは兄のディクライアン、弟のタイローンと共にストリートチルドレンとしてその日暮らしをしていた。
黒い服の男たちが親を目の前で殺して以降、彼は耳に違和感を感じてヘッドホンをひろってつけていた。
後にそれが「気持ちの音」であるということを知るのだが、この時の彼の力は少々変則的であった。
いつも音が聞こえているわけではない。ただ、時々ディクライアンの物乞いについていくと、ふっとそれまで聞こえていた音が消えることがあった。
ディクライアンに何かしたのかと聞いたことがあるが、はた目から見ていたノイジーには、訳が分からないというディクライアンに目覚めた「洗脳」の力に気づいていた。
そして、それは自らの弟であるタイローンにも同じことが言えた。
タイローンが傍にいると、特定のノイズが聞こえる。ノイジーはそれを雑音だとは思わなかったし、いつしかそれに安心感を覚えていた。
しかし、ノイズは徐々に大きくなり、自分で制御できないまでになっていたのだろう。
タイローンはある日ディクライアンを傷つけてしまった。
しかたのないことだった。後に振り返ってもそう思う。
ノイジーにはタイローンの言わんとしていることが分かっていた。
だから、一言だけ謝って、痛みにもがく兄の腕を引いて離れてしまったのだ。
それがのちに大きな後悔になるとは、このときはつゆ知らず。
そして諜報機関KOGAに拾われたノイジーは、検査を受けて初めてその「怪物」と対面したのだ。
5 赤川地区の空き部屋
宮沢地区からほど近く。
電車で揺られて30分程度の場所に、その建物はあった。
「ここの二階がそうみたいですね」
建物を見上げながら留は言う。蒼火は留をつれて建物へと入っていった。
中は木調になっており、物は何も置いていないためだだっ広く感じられた。
蒼火は指を立てて部屋全体を眺めている。留は後ろから覗きこみながらメモを広げた。
「ある程度稼げるようになるまでは先生が事務所の費用を補助してくださるそうです。棚とか机とか、用意すべきはいっぱいありそうですね」
「そうだね。大物の買い物が多くなるから、男の人出がいるな」
「ああ、だったらいい知り合いがいますよ」
蒼火は留を見る。
「僕らと同じ宮沢地区の「純文学」なんですが、彼に任せれば大荷物も運んでくれるかと」
「いいのかい?」
「構いませんよ。折角仲間になるんですから、いずれ挨拶にはいくでしょうし」
「ありがたい」
蒼火はメモ帳を取り出すとペンを走らせ出した。
「その前に、いい家具屋を教えてくれないかな」
4 ドイル地区の探偵猫
「改めて紹介しよう。若津田蒼火。ドイル地区出身。分かっているのはその位だが、彼女が探偵であることと「純文学」であることは間違いないと思う」
ゴーシュの説明に蒼火は僅かに頭を下げる。
留は困惑したように返した。
「猫の探偵ですか……。確かに純文学でなきゃこんな姿にはならないと思いますけど、その、ドイル地区って確か犯罪が横行しているのでは」
「確かに犯罪者である可能性はあるわけだが、正体がはっきりするまでは探偵として扱っておけば倫理観に目覚めるかもしれないからね」
「なるほど」
ゴーシュはメモを留に渡す。
「赤川地区の友人と連絡が付いたんだ。ビルの一室を貸してくれるそうだから、案内してやってくれないかな」
「……蒼火さん、貴方は探偵としてやっていくつもりなんですか」
留の問いかけに蒼火は大きく頷いた。
「自分の素性が分かるまでは、何かやっておくことで恩義を返しておきたい。彼には既に世話になっている」
「まぁ、そういうことなら」
留はメモをポケットに仕舞い、立ち上がった。
「必要なものを買ってビルを見に行きましょう。赤川地区は僕もよくいくから大丈夫だと思います」
「よろしく、留君」
「ああ、それと」
ゴーシュは小さな袋を留に見せた。中に白い粉が入っている。
「一定の成果が得られたら僕に報告に来てくれ。こっちからも報酬を渡す」
「そ、その白い粉、まさか」
「ああ、そうさ」
ここまで創造主に従う必要はないのでは。そう思った矢先にゴーシュが吐いた言葉は。
「マタタビだ」
「やっぱり猫じゃねぇか」
3 「純文学」という存在
時は大正、場所はY市。
ここはいくつかの地区に分けられ、様々な人間が住んでいる。
地区には一人ずつ「創造主」と呼ばれる存在がおり、彼らが生み出す存在を利用して地区を守っている。
創造主に生み出された存在は「純文学」と呼ばれ、普段は地区を守るために人間に紛れて生活していた。
それは、小さな診療所を開く男:ゴーシュ・イヴァンや、学生の身なりで走る青年:猫瀬留も。
そしておそらく、見慣れぬ地に流れ着いた記憶のない猫:若津田蒼火もその存在に当てはまっていた。
「本当、一つのことに夢中になると先生は周りが見えないんだから」
留は朝食をとるゴーシュを見ながら呟いた。
「いつも助かるよ、留君」
その横で「ありつく」、否、「むさぼる」という表現が似合うほど豪快に、蒼火はご飯を食べていた。
「相当お腹が空いていたんですね」
「軽い食事はとらせたんだけど、何分猫だから食事には気を使ってしまってねぇ」
「で、どうするんですか、蒼火さん……でしたっけ」
留は皿を空にした蒼火を見ながら言った。ゴーシュは顎に手を当てる。
「僕の憶測にすぎないけれど、彼女にぴったりの職業があるんだ」
「流石先生。で、それは?」
ゴーシュは指を一本立てて言った。
「記憶の限り、彼女の出身はドイル地区らしいんだ」
「へぇ、ドイル地区……え!?」
留は蒼火を二度見する。
「ど、ドイル地区って、あの?」
「そう、探偵が住まう犯罪都市だ。だから彼女はおそらく、探偵だった」
留は我慢ならず思わずこぼしてしまった。
「……猫なのに?」
「猫だから、なんだけどね」
2 助手の少年
「おはようございまーす」
一言声をかけて診療所に足を運んだ青年・猫瀬留は院長室に入って絶句した。
目の前にいるのは猫。ただし、人間ほどはあろう大きな猫だ。着ぐるみではなさそうだが。
「やぁ、おはよう、留君」
「先生、なんですか、その猫」
「分からないかい?拾ったんだよ」
「そうじゃなくて」
若津田蒼火。
人間の言葉が分かる猫に、ゴーシュが仮で渡した名前だ。
「出身地しか分からないようでね。ここで暫くあずかろうかと思ってるんだ」
「ふーん……」
留はまじまじと蒼火を見る。
「なんだよ、見世物じゃねぇんだぞ」
「ごめん、物珍しくて、つい」
「手当は施したし、「施術」もやった。あとは食事くらいかな」
「先生は今朝から何か食べたんです?」
「いや?」
ゴーシュの反応に留は力が抜けた
「もう、やっぱり。朝ごはん作ってくるんで待っててください!」
「あ、蒼火さんは何でも食べられますか?」
留の質問に蒼火はひとつ頷いた
「味の薄いもの、お願い」
留は了解、と言うと今度こそ奥に消えて行った