『無性に抱きしめたくなる』:伊藤浩太
眠れない。
電球一つだけつけた薄暗い居間で、浩太は本のページをめくっていた。
直前まで自室のベッドに転がっていたが、なぜか寝られず今しがた抜け出してきたところである。
「……」
手元の本は本屋で見つけた医療書だ。日進月歩の技術がまた新しく愛しい人の側面を見せてくれるような気がして、たまにこうして買ってくる。
彼の「危険」はまだ分からないことが多い。自分でも完璧に理解していると思いたくない。でも、できるのならば完璧に理解してあげたい。
「……無理なことだよ、そんなの」
人の心は複雑だ。それを完璧に分かるなんて、神様でも無理なこと。
ぱたんと本を閉じ、居間の真横のふすまを開ける。奥の部屋に光が差し込む。敷布団に挟まれ寝息を立てる、愛しい人。
自然と手が伸びるが、空を掻くようにこぶしを握り、ぐっと引き寄せた。
小さく、恐怖におびえるその体を無性に抱きしめたくなる。でも、その手はいつか放さねばならないのだ。
「……」
それはいつになるだろう。
彼はいつ、自分の元から飛び立ちたいというだろう。
俺は、彼を手放すことができるだろうか。