41 疑いの目
移動教室の準備をし廊下に出ると、見知った顔が廊下で待っていた。
「辻宮様」
「芭虎。喜咲は一緒じゃないの?」
「ええ。一人でお話を伺いたくて」
辻宮の心臓が跳ねた。あえて手を抜いていることがばれたのか。
「……移動教室あるから、手短にお願い」
「承知いたしました」
芭虎は頭を下げる。
辻宮は喜咲が嫌いだ。我儘放題の自己中姫にはできるだけかかわりたくないと思っている。
それに連鎖して、喜咲の執事を務めている芭虎の事も好きになれなかった。
ただ、「芭虎が嫌い」というわけではない。寧ろ、喜咲の我儘に振り回されて一番疲弊しているのは彼のはずだ。だからむしろ哀れだ、くらいには思っていた。
「最近、演奏の調子がよろしくないようですが」
きた。辻宮は僅かに視線を落とす。
「ごめん。次の曲、結構ベースが難しくて」
「さようでしたか」
「本番までにはなんとかするから。じゃあ」
話を長引かせたくない辻宮はその場からさっさと去ろうとする。
「……喜咲様が」
芭虎はその背に声を投げた。
「喜咲様が、貴方のご様子がおかしいと申しております」
「気のせいじゃない? 私はいつも通りだから」
そう、これでいい。
これで、なんとかなるはず、だから。