バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

40 見せられないもの

「……イズミちゃん、最近何か悩んでる?」
「え?」
練習を兼ねた路上ライブの休憩中。眉間にしわを寄せている虎屋にドリンクを差し出しながら羽鳥は尋ねた。
「……そんな風に、見えてた?」
「悩んでるっていうか、すごく、機嫌が悪そうだった。あ、もしかして私、まだきちんと歌えてないとか」
「ち、違うわよ! ひなちーの歌は前回のライブでめっちゃよくなってるから! ほんとに!」

 

虎屋の言う通り、グレフェスの第一回戦で震え泣きながら歌ったあの経験で羽鳥は自分の中にある壁を一つ越えられていた。路上ライブによる練習も続行しているが、前のような震えも緊張も、すくなくとも表立って目立つことがなくなった。本人はまだまだ緊張しているようだが、元気系の歌に舵を切っても問題ないだろうと判断が降りたらしい。

 

「悩みがあるなら聞くよ?」
「ううん、大丈夫」
「本当に?」
「本当に。ひなちーは気にしないで」
「イズミちゃん」
羽鳥は虎屋の手を取る。
「いつも笑って、私の事気を遣ってくれてるの、すっごくわかるし感謝してる。けど、イズミちゃんが何か我慢してて、それで苦しんでるんだったら、私も苦しい」
「ひなちー……」
「……悩み、あったら聞くよ」

 

イズミの心が揺らぎそうになった。
羽鳥は、安藤の一件で、自分が安藤の両親に投げた言葉を知っている。
羽鳥になら、もしかしたら……。

 

「……ううん、大丈夫」
「本当?」
「うん。それよりも、今は自分の事だぞ、ひなちー!」

 

まだ、見せられない。
虎屋イズミの「本性」を、まだあの無垢な青い鳥に見せることは、できない。
虎屋はまた、笑顔を「作る」。