バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

29 事務所に「棲」む異形頭

「ったく、お前の業績は右肩上がりだな。真面目か」
口の端を上げながらハシモトは声を漏らした
投げおいた数枚の写真を挟んで、ハシモトの真向かいにルソーは立っていた
ここはハシモトの裏事務所。スーツの上着一式が部屋の隅にくしゃくしゃになっておかれている
それには目もくれない上半身裸のハシモトは、それでも窓際に寄って街を見下ろす

「お前、一応本職は弁護士なんだから、わざわざこっちの世界で真面目に仕事しなくても食っていけるだろ」
「ですから自分の取り分は少なくしているでしょう。僕の目的が金でないこと位、貴方は承知の筈ですが」
「そうだけどよォ。ちょっとお前、堅苦しく考えすぎなんじゃねェの?」
視線をルソーに向け、ハシモトは言った
「「奴ら」を潰す方法に、わざわざこういう方法をとらなくてもよかっただろうが。もっと別の方法を」

「『ハシモト』」
ハシモトの言葉を切るようにルソーはやや語調を強めて言った
「逆に問いましょうか、これ以外に「奴ら」を潰す方法があるんですか」
「それは……」
珍しくハシモトが言いよどむ
ルソーが向ける真剣な眼差しは、嘘や適当を一切赦さない覇気に覆われていた
そこに

「……ちっ、まだ日が高いじゃねぇか」
後方からそんな声が聞こえ、ルソーは振り向く
すらりと伸びた、しかし、しっかりとした体つきの男がそこに立っていた
「大分寒くなってきたってのに、夜はまだ来ねぇんだな」

室内だというのにカーキ色のコートに袖を通す彼は、後ろ頭に手をまわした
高めの身長であるだけで少し目を引きそうだが、それ以上に異様なのは
彼の頭は人間の物ではなく、金属光沢を放つ、ライターそのものであるのだ
「……『篝火』」
怒気の抜けきれない声で、ルソーは男の二つ名を呼ぶ
男は片手を振って返した
「今は「ライター」でいい」

「相変わらず怖ぇ奴だな、お前は。あのハシモトが黙るなんて、見たことねぇ」
後方の壁に寄りかかり、ライターと名乗った男は言う
「そんなに深刻な話だったか? 邪魔なら部屋に引っ込んでるが」
「別にいてくれたってかまわねェよ。というか、その部屋も俺の事務所の内だからな」
ルソーが口を開く前にハシモトが返した
ルソーは小さくため息を漏らす
「やめましょう、この話は。どうせ、答えが出ない問題です」

「ルソー、お前、相変わらずそこの眼鏡からしか依頼を受けてないって聞いたけど、マジなのかよ?」
ライターが頭をルソーに向ける
「そこそこ名前も売れ出してるだろうが。そこの狡猾野郎からわざわざ依頼をもらわなくても、仕事は入ってくるんじゃねぇのか? それとも、そろそろ専属の話でも出てるのか?」
「専属。冗談を」
吐き捨てるようにルソーは言った
「僕は、本当はこんなことしたくないんですから」
「何考えてるか分かんねェな。これだから天才は」
「お前が言うな、狡猾野郎」

「さて、立て続けで悪いが、次の仕事の説明をしておこうか、ルソー」
ハシモトはデスクの引き出しを開け、資料を取り出した
同時に、壁に寄りかかっていたライターがふっと踵を返す
「やっぱり部屋で待ってることにするわ。夜になったら出ていくから」
「何だよ、居てもいいっつったろ?」
「ややこしい話にしたくねぇんだよ、察しろ」
そう言って、ライターは部屋へと戻っていった

「……変な奴」
「ここには変な奴しかいないでしょう」
ハシモトの呟きを、ルソーが切り捨てた