バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

30 無邪気な新聞記者

ハシモトの事務所を出たルソーは、駅近くの喫茶店のテラスで紅茶を飲んでいた
そして、鞄から、預かった資料を取り出す
裏世界に足を突っ込み今までいろんな「仕事」をこなしてきたつもりだったが、こんな仕事は初めてだった
彼の頭に浮かんでいたのは驚愕と、疑惑
妙な話すぎやしないか。彼は首を傾けながらそう思った

そこに
「あっれー? その髪、ハレルヤさんじゃないですかー?」
明るい声に気付いて顔を上げると、やや遠くで小柄な女性が手を大きく振っていた
「……コマチさん」
ルソーは彼女の名前を呟いた

彼女……ヒナコ・コマチは笑いながら、滑るようにこちらに近づく
「相変わらず変な恰好ですね」
感情の抑揚をつけずにルソーは言った

茶色のキャスケットに、同じ色のコート、糊のきいた白いシャツに黒いネクタイ
そして、底に車輪のはりついた、変な形の白いブーツ
「ふふーん、いいでしょう! 特にこのローラースケート、お気に入りなんですよっ」
ヒナコがローラースケートと呼んだその「靴」は、今から500年ほど前に流行していた移動器具らしい
なんでも、昔の資料を漁っていたヒナコが手作りしたのだとか
(まぁ、僕には使いこなせる気がしませんけどね)
ぽつりとそう思うルソー

「お仕事の帰りですか? なんなら、久しぶりにお茶しましょうよ」
言うが早いか、向かい側に座るヒナコ
ルソーはため息を一つ吐き、紅茶を含んだ



「最近、お仕事の方はどうなんです? 取材にいけないから、気になってて」
オレンジジュースをかき回しながらヒナコは言う
彼女は表の世界で新聞記者として駆けだした若手のホープである
地元の事件の取材をすることが多く、その関係でルソーと知り合い、以後、時折取材と銘打って遊びに来ている
無論、ルソーは自分が『赤髪の殺人鬼』であることは伏せている

「相変わらずですよ。変化もなにもない」
「民事裁判ばっかりやってるのも、変な話ですけどねー」
デリカシーの単語を知らないのか、ヒナコはジュースをすすりながら言った
「たまには刑事裁判にも顔出してくださいよ。私の書くネタがなくなるじゃないですか」
「弁護士は見世物じゃないんですから」

「それ」
ルソーの言葉を半ば無視するように、ヒナコは鞄を指した
「新しい仕事の資料ですか? やっぱり大変だなぁ」
「……ええ、まぁ」
まさかこれが、裏世界の仕事の資料などと言えるわけもない

「頑張ってくださいよ。私、応援してますからね」
ヒナコの言葉にルソーは曖昧に頷くと、領収書をもって立ち上がった
「たまにはフブキさんにも会いたいんで、よろしく伝えておいてください!」
にっこりと笑ってヒナコは言った
「わかってますよ。 ……ジュース代、いただけませんか」
無表情でルソーは返した