バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

31 雇われ警備員

「……」
着慣れない制服の肩の位置がずれ、ルソーはやや不機嫌そうにそれを直す
今まで足を運んだことすらない高級なホテルの廊下に、彼は立たされていた

彼は今、ここに警備員として雇われたのだ
今日、この場所で重役がプライベートな会議を行うらしい
それだけならまだ信用の余地がある
ただ問題なのは、それを「ハシモトに言い渡された」ことである

表でも仕事にかかわりがあるとはいえ、あの時は完全に『弁護士』……もとい、裏の仕事として受け取った
大方『赤髪の殺人鬼』の噂でも聞きつけたのだろうが、普段は仕事にスパンを開けてくれるハシモトが即急に入れた急ぎの仕事だ。切羽詰まった理由があるのだろうか
「……いや、そもそも殺人鬼にこんな依頼をする時点で、おかしな話ですけどね」
ぽつりとルソーは呟く

とはいえ、プライベートな会議であればそんなに警備の必要もないだろう
少し肩の力を抜いてもいいかもしれない。ルソーはそう思いながら、記憶の端に手をかけた



思い起こすは、まだ幼かった頃
父と、母と、姉と生活を送る、ごくごく普通の少年時代
やがて青年となり、司法試験に受かり、大人になり、弁護士になり
本当に幸せで、幸せで、今思い起こしただけで死んでしまいそうだった

「あの事件」が、起こるまでは

父と母がいなくなり、唯一の家族となった姉までも失いたくなかった
なのに、地獄は事件が終わった後も延々と続いている
護らなければならないのだ。どんな手を使っても
そのために『弁護士』となり、力をつけてきたのだから



「――!!」
不意に、男の叫び声とガラスが割れる音が聞こえた
その音で現実に引き戻されたルソーは、音のした方へ向かう
二つ角を曲がったところで、ルソーは、今まさに何かがはじけ飛ぶのを見た
歪なシミが赤いカーペットに模様を描く。間違いない。血だ

この先に何かいる
ルソーは確信し、素早く包丁を取り出して角を曲がった

瞬間的な時間だった
角を曲がるなり何かが飛びかかってくるのに気付いたルソーは、素早く包丁で受け止めた
ギリギリと音を立てるのは、ルソーの包丁と、それに対する「ナイフ」
ルソーは僅かに顔をあげ、その光景に、彼でさえ驚かざるを得なかった

「『篝火』っ……!?」
「『弁護士』!?」
ナイフを握っていたのは、ライター、その人だったのだから