バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

32 離脱のための

「どうしてこんなところにいるんですか!」
「それはこっちの台詞だ、馬鹿野郎!」
競り合う手を止めずに、お互い小声で囁く
幸い今のところ周りには死体しかなく、話を聞かれる心配はない

「俺はあれだよ、今日ここに来る重役殺しに来たんだよ」
「重役、ですか?」
「今日ここにプライベートで来て会議を開くとか言ってた」
ライターのその言葉に、ルソーは固まりそうになった
そう、今まさに、自分とライターは「逆」の立場に立っている、いわば敵同士なのである

「……僕は、その重役の護衛で来ました」
「!」
ライターも事態を察し、包丁を弾いて距離をおいた
「……まじかよ」
「細かく状態を話してる暇はなさそうですね」
ルソーは包丁を拾い上げる

「どうするんだよ。よりによってお前かよ」
「こちらの台詞です」
その時、遠くからいくつかの足音が近づいてくるのが聞こえてきた
「……仕方ありません」
覚悟を決めたように、ルソーはライターを見た

「『篝火』、殺りあいましょう」

「な、何言ってるんだ、お前!」
「何も、本当に殺すわけではありません。怪しまれない程度に戦いながら、隙をついて二人で離脱しましょう。話はそれからです」
「……仕方ねぇ、か」
ライターはナイフをルソーに向けた
その顔に目はないが、フード越しに殺気に満ちた視線をルソーは見た

「だったら、本気で殺しにこい」
「!」
「俺は手加減が苦手でな。殺すって決めたら、手が抜けねぇ。そっちが本気で来てくれなきゃ、死ぬぞ」
「……わかりました」
ルソーは包丁を握りなおす

足音が目前まで迫った時、二人は互いに蹴りだし、激突していた