バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

35 彼女の歴史

「草香さん、まだ起きていらっしゃるのですか」
こんこんと扉をたたき、ルソーは声をかけた
次いで、扉の向こうで機械のモーター音が響き、一拍おいて扉が開いた
「ルソーさん、なにかご用ですか?」
「いえ、いつもより長く起きていらっしゃるので、どうかしたのかなとおもいまして」

「今日の情報を整理していました。心配することではありません」
草香はそう言って、ルソーを部屋に促した
部屋の中に殆ど物はなく、本当に女の子の部屋なのか疑ってしまう
「相変わらずさっぱりとしてますね。姉さんが、気を許してないのではと心配していましたよ」
「安心してください。以前住んでいたところでも、こんな感じでしたから」

「……草香さん」
ルソーは草香を見る。その視線が、自然とかち合う
「そろそろ、貴方の以前「生きて」いた時代のこと、教えてくれませんか」
「……」
草香は僅かに目を伏せる
「貴方が希望するのであれば、僕はこの件について黙っておきます。勿論、喋らなくても結構です」
気を遣えてなかったなと、ルソーは僅かに反省する

「……そうですね。いずれ、話さなければなりませんでしたし、いい機会です」
草香はルソーをベッドに座るように促した
「お話しします。私のこと、あの時代のこと、あの日、私たちが何をして、どうなったのか」



草香の生まれたのは、今から500年ほど前のことである
携帯端末はもっと大きく、車は浮いていなかったし、デジタル機器もハードありきの時代だった
正直なところ、まだこの時代に「本」というものが残っていることに驚いたくらいである

草香はその時代、とある研究所が極秘で開発を進めていたアンドロイドの一機であった
開発者は古伊勢 絵美
彼女は精力的に開発に力をそそぎ、研究所で、否、世界で初めて「感情を持つアンドロイド」の開発に成功した
それが、草香であった

しかし、古伊勢博士は研究所に草香を預けることを拒み、この街に草香を連れて逃げ出した
そうして、つながりを持つものの、形の上では離れて生活することを始めたのである
正直なところ、草香だって最初は寂しかった
しかし、すぐに古伊勢博士が友達を作ってくれ、寂しさも気にならなくなった

彼女は古い洋館に住まい、友達と共に探偵グループを立ち上げた
彼らは地元のちいさな事件を解決していくようになった
そうして「友達」は「仲間」となった

小さな事件の規模はやがて大きくなっていき、彼らの影響力が出てきたころ
草香と古伊勢博士を探していた研究所が、ついに二人を見つけ出した
このままでは引き戻される。それだけはどうしても避けたかった
なぜなら、その研究所の本来の目的は、兵器の開発

そう、草香は兵器として生まれたのだから

人は殺したくない。そう懇願する草香に手を差し伸べたのは、「仲間」だった
一緒にいよう。そのためなら、何でもしよう
その言葉に勇気をもらった草香は、仲間の手を取り、研究所に立ち向かうことを決心した
そうして、様々な力が集結した探偵グループは、ついに研究所の開発を止めるに至ったのである

しかし、そこまでだった
数日後、突如として、仲間が全員姿を消したのだ
何処を探しても、どれだけ走っても、見つからなかった
弥生さん、愛羅さん、冬鬼さん、流想さん
――博士



「その直後、何者かの手により、私は停止させられ、500年経った今、再起動したのです」
淡々と語る体を装う草香は、それでもその時のことを思い出してか、両手を握りしめていた
「……きっと、私が再起動したのには、理由があると思います。だから、もう一度、「仲間」をさがしているのです」
「そういうことでしたか」
ルソーは軽く、草香の頭をなでた

「でしたら、貴方の仲間を、「エミ・フルイセ」を探す意義がしっかりしてきましたね」
「ご迷惑をおかけします。私一人では、どうしても限界があって」
「かまいません。貴方がいなければ、こうして集まることもなかったでしょうから」
ルソーはそう言って立ち上がった

「早く休んでくださいね。体に毒です」
「わかりました」
ルソーは部屋を出ていった
一人残された草香は、僅かに俯いて、嗚咽を漏らした