バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

36 木枯らしの日

(500年前の仲間、ですか……)
パソコンに向かいながらルソーはぼんやりと考えていた
昨日、草香が話してくれた話を何度も咀嚼していたのだ

信じられない話、というか、よくできた話ではあるのだ
500年前に「いなくなった」彼女の仲間が、500年後、即ち今、こうして集まってしまった
しかも、偶然の一致とは言えない現象まで携えて
裏で何かが動いているのではないか。そういう不安さえ覚える

(とはいえ、今のままでは情報が少なすぎますね)
そう、全てを理解するためには、彼女の言う「エミ・フルイセ」を見つけ出す必要がある
「エミ」が揃えば何かが起こるのだろうから

しかし、見つからないという心配はなかった
なぜなら、ルソーは既にその人物を「知っている」のである
草香たちの前に突き出せば明かしてくれるであろうが、今はまだ早い
そう思い、自分も伏せているだけなのだ
時が来れば自分から明かすだろう。「エミ」は、そういうやつなのだから

「……さて、今日の仕事はこれまでですね」
定時を少し過ぎた頃、時計を見ながらルソーは呟いた
「ルソー君、今日は早く帰るんでしょ? 後はこっちに任せておいて」
「ありがとうございます」
声をかけてくれた同僚に頭を下げ、資料を丁寧に入れ込んだ鞄を持った

外はもう、冬本番を迎えようとしていた
僅かに街に残る木々の葉が落ち、吹く風にルソーは僅かに震える
途中で何人かとすれ違ったが、誰もが皆冬の装いへと変わっている
ゴトン、と何か音がしたような気がしたが、ルソーは気にせず歩いて行った

その背後で、一人のおばあさんが困っていた
買い物袋を落としてしまい、中身をぶちまけてしまったのだ
どうすればいいのやらと狼狽えるおばあさんに、そっと手が差し伸べられた
その手には、小さなミカン

「大丈夫ですか?」
白いスーツにシルクハットという、国を間違えたようなその服装の男は、それでもにこりと笑っておばあさんを見た
おばあさんが恐る恐るミカンを受け取ると、彼は立ち上がって袋を持ち、ぶちまけてしまった残りの荷物を手早く拾い集めた
そうして、ものの一分程度ですべての荷物を拾い終えると、そっとおばあさんに返したのだ
「どうか、お気をつけて」
彼は一つ微笑み、お礼も受け取らずに立ち去った

その口は、僅かに吊り上がっていた