バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

37 商店街の騒動

冷たい風が吹く商店街を、ルソーは歩いていた
冬の装いの人々の中を、スーツだけで歩いていく
温度の感覚がないわけではない。それが気にならないほどに、彼がいろいろと考えるからである

ふと、草香の話を思い返して疑問がよぎったのである
いや、傍目から見れば最初に通るべき疑問なのだが
500年前に停止させられた草香
では、その500年ものあいだ、彼女はどうしてそのままの姿を保てていたのだろうか

起動するなら簡単だ
何かの衝撃は何処にでも起こりうることなのだから
だが、例えば外で彼女が停止させられたのなら、雨ざらしでとっくに風化している
何かの建物にいたのだろうか。だとしたら、停止に追い込んだのは、誰だ
そこまで考え、頭をかかえようとしたその時

「みつけた」
囁き声が、彼の耳に入った
ぞっとするほど低く、嘲笑した声
彼は思わず身を翻した
それと同時に、上空から何かが降ってきた

ガッ、という音と共に、それはルソーのいた所に何かを突き立てる
長さと柄の形からして、仕込み杖だということが判別できた
白いスーツに身を包んだそれ……その人物は、視線を上げた
帽子越しの青い目が、弧を描く
やばい。ルソーの頭の中で警鐘が鳴る

女性の悲鳴が聞こえた
同時に、金縛りから解放されたように、ルソーは踵を返して走り出した
人が多いこの中で包丁を出すことは、いろんな意味で危険であった
今、ルソーに残されていたのは、逃げることだけだったのだ

白いスーツの男が、刀を引き抜いてルソーを追う
植木や看板を巻き込んで、何度も斬撃を放つ
ルソーはギリギリでそれをかわしながら、人のいない方へと走っていく
「逃がさないよ」
男が嘲笑う。その目には、他の人間など映っていない

幾度か角を曲がり裏路地を通り、ようやく人気のない開けた場所までたどり着いたルソー
後ろで地面を蹴る音が聞こえ、彼は包丁を取り出して斬りかかる刀を受け止めた

「……へぇ、心器、使えるんだ」
男は変わらずにやりと笑い、一度ルソーと距離を置いた
「貴方、誰ですか。僕に何か用でも?」
「うーん、そうだね、じゃあ、これだけ言わせてよ」
男は帽子を取り、一礼した

「僕は『殺戮紳士』。君を、殺しに来た」