バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

38 厭わない紳士(『殺戮紳士』前 前)

何度となく金属がぶつかる音が響く
競り合う刀と包丁、『殺戮紳士』とルソー
ぶつかる刀の勢いに圧され、一歩引くルソー
それを見ながらにやりと笑い、『殺戮紳士』はさらに斬撃をくわえてくる

ルソーは焦っていた
顔にこそ出さないが、油断するとどこかに焦りが出てきそうなほどに
なぜならそれは、『殺戮紳士』の動きにあった
驚異的な身体能力、それもある。純粋な力はむしろルソーに若干劣る位だ
ただ、この男、ルソーの「眼」をもってしても

「隙が全く見えない」のである

一度距離を置き、複数本の包丁を取り出すルソー
それを『殺戮紳士』めがけて放つ
気を取られている隙に攻撃に転じようと、自らも構える

ところが、『殺戮紳士』はかわすどころか、むしろこちらに突っ込んできたのだ
自らが傷つくのさえいとわず、刀を振り上げる『殺戮紳士』
逆に不意を突かれたルソーは、やはり防御に徹する一方となった

「大したことないね。本当に僕が探していた人間?」
余裕を含みながら『殺戮紳士』は言う
「探していた? 僕は貴方のこと、全く存じ上げないのですが」
降りかかる斬撃をはらい、ルソーは答えた

「そりゃあ、君は知らないだろうね。いや、知られたらこっちがまずいんだ」
大げさに両腕を広げて『殺戮紳士』は言った
分かりやすい隙に見えて、刀はしっかりと握りしめている
「どういう意味ですか」
「今から死ぬ君に言う義理はないね」

「……あの子が知ったら、どうなるやら」

「あの子?」
ルソーがいぶかしげに問う
が、それに答えず『殺戮紳士』は斬りかかってきた
包丁で応戦しようとしたルソー
だが、横に伸びた刀の柄で手を打たれ、包丁を取り落としてしまった

拾う暇も、取り出す暇もないほどに、『殺戮紳士』は近くにいた
まずい。ルソーがそう思う間もなく、『殺戮紳士』は刀を振り下ろそうとした

その直前
一発の銃声音。吹き飛ぶ『殺戮紳士』
ルソーはおもわず音のした方を向いた
そこにいたのは意外にも、しかし、案の定

「ルソーさん!」
「草香さん……?」

草香はすぐにルソーにかけつける
「帰りが遅くなったていたので、気になってしまって」
返事に迷うルソーに一度頷くと、草香はキッと『殺戮紳士』を睨んだ

「どうしてまだ壊れずに残っているのです。あの時、研究所が機能停止に至った時、貴方は一緒に停止したはずです。どうして今、こんなところにいるのですか、「名瀬田」!」
「名瀬田……?」
『殺戮紳士』……草香に「名瀬田」と呼ばれた男は嗤う

そこでルソーは気が付く
不自然に青い目、浮くスーツ
隙の無い斬撃
そして、傷ついたそこから、「血が流れていない」

「貴方、もしかして、アンドロイドですか……?」
ルソーの問いに、名瀬田は笑って答えた

「アンドロイドなんて甘いものじゃない。僕は、研究所に作り出された「兵器」だ」