バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

40 彼女の二つ名

「『殺戮紳士』ィ?」
草香を引っ張ってきたルソーは、とりあえず一時避難としてハシモトの事務所に押し掛けた
例によって余裕をかましていたハシモトはルソーのただならぬ空気を察し、すぐに事務所に誘い込んだのである
「ええ、どうも僕を狙っているようなのです。それだけじゃなく、僕の周囲も危ないのです」
「突然そんなこと言われてもなァ、二つ名は聞いたことあるが、情報自体は少なかった気がするぞ」
そういいながら立ち上がって棚の方へ向かうハシモト

不意に、ルソーの服の端を何かが引っ張った
見ると、草香が視線を下げたまま服の裾を掴んでいた
「……ごめんなさい、ルソーさん」
小声で彼女は言った

「私、貴方を護るつもりで来たのに、私のせいで、名瀬田に狙われる羽目になって、その……」
言葉が見つからないのか、気持ちが先行してしまっているのか
草香は、まるで涙をこらえるような声で言葉を紡いでいた
ルソーはその様子を見、草香の頭をぽんぽんと頭を撫でた

「貴方のせいではありませんよ。全部、あの男の独断なんですから、貴方は何も悪くない」
「ルソーさん……」
「貴方との約束、「エミ・フルイセを探し出す」約束を破るほど、僕は安直なやつではないつもりですので」
ルソーは相変わらず無表情だったが、その言葉に優しさを僅かに感じることができた
草香はルソーにすがった。もうこれ以上、「仲間」を失いたくない気持ちでいっぱいだった

「おー、あったあった。『殺戮紳士』な」
ハシモトが一冊のファイルをもって戻ってきた。そうして空気を読まずに椅子に音を立てて座ると、さっとファイルを開いた
「つっても、やっぱり情報が限られていてな。正規のルートどころか、裏の裏使っても出回ってる情報が限られている」
「裏世界の情報網に正規もなにもあるもんですか」
呆れ気味にルソーは言う

「頭角を現したのは、今から2,30年前。丁度俺たちが生まれた位からだ。二つ名がついたのがそれから十年後。今は殆ど姿を現していないが、当時はすごい勢いで人を殺していたっぽいな」
兵器。そう自分を称した名瀬田の姿が浮かぶ
「まァ、当時は死体の状態が一律じゃなかったから、同一犯だとわかるまでに時間はかかったらしいがなァ。斬殺、刺殺、銃殺……、よく考えたもんだな」
「次に襲撃された時の対応の仕方が、変わるかもしれないということですね」

「なんかあったら言えよ。面倒事持ち込まれるのはごめんだが、今、お前にいなくなってもらうのも困るからな」
「わかってますよ。現時点で、こういう状況で頼れるのは貴方しかいませんから」
ルソーの言葉にハシモトは一つ頷いた
「わかってんじゃねェか」

「今日のところは二人とも泊まっていけ。フブキには連絡入れとくからよ」
ハシモトは立ち上がって携帯端末をとりあげ、窓に向かう
ルソーが部屋に向かったのを見て、草香もついていこうとした

「『最初の殺人兵器』」

不意にそう言われ、草香は振り返る
ハシモトは視線をそちらに投げていた
「お前は気に入らないかもしれねェけどよ、もうお前は「こちら側」に来ちまった。後戻りはできねェ。今度から裏の話をするときはその二つ名を使え」
「でも……」
反論しようとする草香を無視し、ハシモトは携帯端末を耳に当てた
一人放り出された草香は、黙ってルソーの後を追った