【LWS創作】梨沢豊水の憂鬱
その探偵社には、天才がいる
いかなる問題でも、いかなる事件でも、たちどころに解決してしまう天才がいる
彼の手にかかれば、「解けない」謎はない
そんな噂が出回って、もうどれだけ経つだろう
しかし、噂は知らない
彼は探偵社でも「異端」な存在であることを
それ故に邪険に扱われ、普段は自らの部屋にこもっていることを
彼とまともに接することができるのは、たった一人であるということを
「失礼します、梨沢様」
こつこつと扉をノックするのは、彼の唯一の理解者である男
その声に一拍おいて、扉の中から彼、梨沢豊水の声がした
「入れ」
机上に置かれたライトだけが照る部屋は薄暗く、しかしそれで十分だと言わんばかりだった
部屋に入った男、梅ヶ枝天は扉を閉めた
「昼食の時間でございます、梨沢様。今日もここで摂られますか?」
「ああ」
かちゃかちゃと何かがぶつかる音をたてながら、梨沢は答えた
梅ヶ枝は一つ頷くと、部屋を出ようとする
「待て」
その直前、梨沢は声をあげ、続けた
「……今日は、一緒に食わねぇか、天」
梨沢豊水と梅ヶ枝天は、件の「予防接種」を受け副作用に苦しむ被害者である
そのことは伏せ、普段は探偵社の一員として生活をしているが、意図的に周りの人間をさけているのだ
今の生活がなくなってしまうのは辛い。だから反旗は翻さず、ただじっと耐える。そんなところである
「お前さ、いい加減その敬語、なんとかしたらどうなんだ」
サンドイッチを一口かじり、梨沢は言った。それに梅ヶ枝が返す
「何度も言っているでしょう。他人に対する敬意は、特に、理解者である貴方に対する敬意は計り知れないものであると」
「だったらよ、せめて「梨沢様」ってのやめろよ。「豊水」くらい呼んでみろ」
「機会がありましたら」
曖昧なことをいってはぐらかす梅ヶ枝に、梨沢は眉間にしわを寄せた
「ところで、物理の研究はいかがですか」
机の器具を見ながら梅ヶ枝は言う。梨沢は一つため息をついた
「ぜんぜんだ。どれもこれも予測通りで、面白みもなにもない」
「その「副作用」も考え物ですね」
「まったくだ」
梨沢は疲れたように声を上げた
「……さて、そろそろ仕事の時間だぜ、天」
梨沢にそう言われ、梅ヶ枝は時計を見た
「おや、もうそんな時間ですか。やはり短いですね」
「上にはいつも通り、探偵社の仕事にかかわるつもりはないと伝えておいてくれ」
「わかりました」
梅ヶ枝は立ち上がりドアに向かう
梨沢はその後姿を、ただじっと見つめていた
「……「とかす」副作用なんて、いらなかったのによ」
ぽつりと、梨沢は呟いた