バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

【LWS創作】梨沢豊水の憂鬱

その探偵社には、天才がいる
いかなる問題でも、いかなる事件でも、たちどころに解決してしまう天才がいる
彼の手にかかれば、「解けない」謎はない
そんな噂が出回って、もうどれだけ経つだろう

しかし、噂は知らない
彼は探偵社でも「異端」な存在であることを
それ故に邪険に扱われ、普段は自らの部屋にこもっていることを
彼とまともに接することができるのは、たった一人であるということを



「失礼します、梨沢様」
こつこつと扉をノックするのは、彼の唯一の理解者である男
その声に一拍おいて、扉の中から彼、梨沢豊水の声がした
「入れ」

机上に置かれたライトだけが照る部屋は薄暗く、しかしそれで十分だと言わんばかりだった
部屋に入った男、梅ヶ枝天は扉を閉めた
「昼食の時間でございます、梨沢様。今日もここで摂られますか?」
「ああ」
かちゃかちゃと何かがぶつかる音をたてながら、梨沢は答えた
梅ヶ枝は一つ頷くと、部屋を出ようとする
「待て」
その直前、梨沢は声をあげ、続けた
「……今日は、一緒に食わねぇか、天」



梨沢豊水と梅ヶ枝天は、件の「予防接種」を受け副作用に苦しむ被害者である
そのことは伏せ、普段は探偵社の一員として生活をしているが、意図的に周りの人間をさけているのだ
今の生活がなくなってしまうのは辛い。だから反旗は翻さず、ただじっと耐える。そんなところである

「お前さ、いい加減その敬語、なんとかしたらどうなんだ」
サンドイッチを一口かじり、梨沢は言った。それに梅ヶ枝が返す
「何度も言っているでしょう。他人に対する敬意は、特に、理解者である貴方に対する敬意は計り知れないものであると」
「だったらよ、せめて「梨沢様」ってのやめろよ。「豊水」くらい呼んでみろ」
「機会がありましたら」
曖昧なことをいってはぐらかす梅ヶ枝に、梨沢は眉間にしわを寄せた

「ところで、物理の研究はいかがですか」
机の器具を見ながら梅ヶ枝は言う。梨沢は一つため息をついた
「ぜんぜんだ。どれもこれも予測通りで、面白みもなにもない」
「その「副作用」も考え物ですね」
「まったくだ」
梨沢は疲れたように声を上げた

「……さて、そろそろ仕事の時間だぜ、天」
梨沢にそう言われ、梅ヶ枝は時計を見た
「おや、もうそんな時間ですか。やはり短いですね」
「上にはいつも通り、探偵社の仕事にかかわるつもりはないと伝えておいてくれ」
「わかりました」
梅ヶ枝は立ち上がりドアに向かう
梨沢はその後姿を、ただじっと見つめていた

「……「とかす」副作用なんて、いらなかったのによ」
ぽつりと、梨沢は呟いた