バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

46 ミカガミタワーの晴れ舞台

「ヤヨイさん、大丈夫ですか」
翌朝、ミツミの診療所にルソーとヤヨイの姿があった
二人とも小さな傷はちらほらとついているものの、大事には至っていない様子であった
「全然平気。ちょっと切る位だったから、慣れたようなものだよ」

昨日、正確には今日だが、街に新たに建てられたタワーの点灯式が行われた
ルソー達はあえてその時間にあわせてタワーの近くにまで寄り、殺害現場を「演じた」のである
瞬間的な強い逆光のなかでは人の視覚が一瞬混乱し、正確に物事が把握できない
つまり、人影しか写らないのを理解し、ルソーはヤヨイの脇に包丁を通し、刺したように見せかけたのである

「これで、しばらくは大丈夫でしょう。依頼主は『仕立て屋』が死んだものと思い込んで暫く過ごすはずですから」
そう、その「暫く」の期間の間に依頼主を調べ上げ、戦略を立てることができる
時間的猶予がヤヨイにはできたのだ
それを見越し、ハシモトはあえてその依頼を受け、ルソーも協力したのである

「なんだか、悪いなぁ。私一人のために、ここまでやってくれるなんて」
少し視線を落としてヤヨイは言った
ルソーはその様子見ながら言う
「「エミ・フルイセ」の件が解決していない以上、貴方に欠けてもらっては困ります。僕は、約束は守らないと気が済まない質なので。それに、姉さんの話し相手が減るのは、僕としても心苦しい」
「……ルソー君らしいね」
くすくすとヤヨイは笑った

「えっとね、それと、ルソー君にはお礼を言わなきゃだね」
ルソーに向き合い、ヤヨイは言った
「確かにいくらか傷はついたけど、ルソー君、あえて「左腕」と「左胸」は避けてくれたでしょ」
ヤヨイの言葉に、ルソーは視線をそらす
「……政府に騒がれては、困りますので」
「ううん、それでいいの」

「ありがとう、ルソーくん」
にっこりとヤヨイは笑って言った
ルソーは曖昧に一つ頷き、窓の外を見た
今日は快晴。ミカガミタワーの晴れ舞台には丁度いい、けれど少し寒い、そんな日和になりそうだった