バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

50 彼の名は、

赤い包丁が空を切る
斬りかかったルソーの包丁を避け、アイラは一歩おいた
「何してんだよ、『弁護士』!」
突っかかるアイラに答えず、ルソーは更に間を詰めようと蹴りだす

「伏せて、『折り鶴』!」
その間に割って入ったヤヨイが再び腕をふるう
襲い掛かる風をルソーは寸でのところで受け止め、糸を斬りおとした

「『弁護士』さん……、何を考えてるんですか……」
目の前の光景があまりにも衝撃的だったのか、草香は一歩も動けていない
アイラはそれを横目に、一つ舌打ちをした

「おい、『弁護士』! いい加減何か話しやがれ!」
苛立ちを隠せない様子でアイラは言う
しかし、やはりそれにも答えず、なおルソーはアイラに斬りかかる
「『弁護士』……!」

色んな疑惑が彼の中に渦巻く
そして、必ずたどり着く「裏切り」という可能性
アイラは唇を噛み締めた
ルソーは本当に、自分たちを裏切ったというのか

『それだけ信用してるってことですよ』
「……!」
その時、アイラの脳裏には、かつてルソー自身が言った言葉が浮かんだ
「あいつは、あいつは俺を二度も死にそうなのを救ってまで、信用してるって言ったんだ」
そして、正面のルソーを見据えた
バキバキと左手を鳴らし、正面に構える

「『折り鶴』さん、彼は」
草香が言葉を続けようとするのを、アイラは制した
「あんたが、そんなこと言うな」
「!」
「あいつを一番信用しなきゃならねぇのは、お前だろ」

「『折り鶴』、これからどうするのよ?」
不安そうなヤヨイの声
「今は、命かけて戦うしかねぇ。あいつのことだ。何か考えてあるに違いない」

そう、何もかも不自然だったのだ
夜中にルソーが出ていったこと
脅迫状がほぼすべて「ひらがなで書かれていた」こと
そして、ルソー自身が行った「静かに」のサイン

「今は、『弁護士』を信じるしかねぇ。隣人のお前だって、本当は信じたいだろ」
「……そう、だよね。『弁護士』は大丈夫、うん、きっと」
自分に言い聞かせながら、ヤヨイも鋏を取り出した

「俺も、お前を信用してるんでな、『弁護士』!」
その声に、ルソーは僅かに、笑った気がした

右手に持った包丁を、ルソーは正面のアイラ達に向けた
そして、蹴りだし、間を詰める
アイラもそれに対抗すべく、左手を突き出した
その時

「そこまで!」
鋭い声が飛び、ルソーの動きがピタリと止まった
状況が飲み込めないアイラ達一行が動揺する
コンクリートを叩く革靴の音。それが一つ、こちらに向かってくる

「おー、おー。派手にやってくれたじゃねェか」
聞き覚えのある声。四人の視線がそちらを向く
「流石に「プロ」の仕事を生で見るのは違うねェ。あ、ルソー、もう喋っていいぜ」
「……貴方も、散々なことを言いますね」
ため息と共に、ルソーは第一声を吐き出した

「おい、お前、」
未だに状況を掴みあぐねているアイラを無視するように、彼は建物のへりに寄る
そうして振り返り、柵に寄りかかった
「これでいいでしょう。そろそろ本当のことを言ったらどうなんです」
ルソーに促され、彼は「しゃーねェなァ」と呟いた

深緑のズボン、黒の革靴。一糸纏わぬ上半身
その長い、一つに結われた髪は、月の光でもわかるほど鮮やかな赤色
彼……『ハシモト』は言った

「どォも、俺が「エミ・フルイセ」だ。」