バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

55 『変態』

キンッ
四本目の包丁が弾かれ、ルソーは再び間をおいた
重い攻撃を受け止め続け、右腕が僅かに痺れている
ルソーは無理やり腕を持ち上げ、再び包丁を取り出した

フソウの実力はかなりのものだった
身の丈ほどもある大鎌は予想に反せず非常に重い
それを片手で振り回し、薙ぎ払い、なおも無傷で嗤っている
一つ一つの挙動が大きく、その隙に逃走を試みようとするも、気付いた時には次の動作が始まっている
『篝火』や『殺戮紳士』に匹敵するであろうその実力は、本当に人間なのかも疑わしくなってきていた
「不老長寿なんじゃねぇの」。そんな噂が出回るわけである

「ふふ、もう息が切れだしてますね。大丈夫ですか?」
「僕を振り回している貴方は余裕そうですね」
皮肉交じりにルソーは返すが、次の一手が定まらずに焦っていた
「まだ私は遊び足りませんよ。このまま終わらないでくださいね」
手の中で回していた大鎌を再びしかと握り、フソウが突っ込んできた
ルソーは包丁を両手に握り、切っ先を受け止める
すると

「――っ!?」
ガツンと音のなる衝撃が、ルソーの脇を襲った
その力に逆らえず、横方向に吹き飛ばされる
何が起こったのか理解できないルソーは、あばらの痛みをこらえながら立ち上がり、あたりを見回した
周りにフソウ以外の人はいない。特別何かが来たわけではなさそうである

ふと、ルソーは金属のこすれる音を聞き、地面を見た
そこに転がっていたのは、赤黒い色をした大ぶりの鎖
まさか、これも心器なのか。フソウは心器を複数使えたというのか
ルソーは困惑しながら顔を上げ、理解した

今までただの大鎌だと思っていたが、それは違った
それは大ぶりの「鎖鎌」。つまるところ、やはりルソーは鎖に脇を襲われたのである

先ほどの衝撃で両手の包丁を落としていたルソーは次の包丁をとろうと左胸に手を押し当てる
その時、ジャラッと音を立て、鎖が動いた
鎖が一度引き戻され、再び放たれたのである
かろうじてかわしたルソーだったが、戻ってくる鎖の端が脚に絡みつき、そこでバランスを崩して転倒してしまった
そして、起き上がって間もなく、その鎖によって雁字搦めにされてしまったのである

「ぐっ……!」
鎖の一部が喉に引っかかり、呼吸が殆どできない
包丁をとりだそうにも、左胸に鎖が斜めにかかってしまい、取り出せなくなっていた
「捕まえた」
にぃと口の端を吊り上げ、フソウが近づく
彼が鎖を引くと、全身がきつく締めあげられ、ルソーは声にならない声を上げた

「正直なところもう少し遊んでいたかったんですが、もう十分でしょうね」
嘲笑するフソウ
それを睨み付けるルソーは、それでも、その目の光を失わなかった
「生きてやる」。その意志を失わなかったのは、強い復讐心からか、それとも

「それでは、ここでお別れにしましょうか」
フソウが鎌を振り上げる
ルソーは殆ど酸素の入ってこないぼやけた視界の中で、それでもフソウを睨み続けた

瞬間、二人の間に何かが割って入った
それはぐるりと振り返り、フソウの手首に何かを突き刺した
「!」
瞬間的な痛みにフソウは鎖鎌をとりおとす
そしてそれは、フソウに体当たりをかまして僅かに吹き飛ばした

「……まったく、世話のやける方ですこと」
それ……『水仙』は、地面に伏したルソーを見ながら言った
「おやぁ、水を差すなんて手ひどいことをしてくれますねぇ?」
フソウが立ち上がる。『水仙』はそちらを見やり、簡単に言った
「毒」
「はい?」

「貴方、今、遅効性の毒を私が打ちましてよ。早い所手当しないと、死にまして」
「……!」
「いい子はお家におかえりなさったほうがよろしいですわよ。それとも、今から即効性の毒を打ってさしあげましょうか?」
言うだけ言って、『水仙』はルソーの鎖を解き、彼を背負った
そして、「もう、重いですわね」とだけ呟いて、その場を後にした

「……貴方を殺すのは私でしてよ。あんな狂人に殺されでもしたら、ただじゃおきませんわ」
独り言のように、『水仙』は呟いた