バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

56 目覚めは、まだ

「ルソー!」
そう叫んで、フブキはミツミの病院へ駆け込んだ
ルソーは今しがた『水仙』によって病院に担ぎ込まれ、地下の手術室で治療を受けていた
担当の者に作業を任せ、ミツミはたった今上階に上がってきたばかりなのだ

「ミツミ先生、ルソーは、ルソーは!」
掴みかかる勢いでミツミに駆け寄るフブキ
ミツミは「落ち着いて」とフブキをなだめた
「担ぎ込まれた時は大変だったけど、今は命に別状がない位には回復してるよ」
それを聞き、ようやくフブキは安堵の息を漏らした

「今、担当の者に手当してもらってるから、そこで座って待っていてくれるかな」
ゆっくりミツミは席へと促し、フブキを座らせた
後ろからついてきていた草香とアイラも顔を出す

「先生、ルソーさんに何があったんですか」
声のトーンを落として草香は問う
ミツミもフブキには聞こえないように答えた
「運んできた女の子曰く、殺人鬼に襲われていたらしい」
「そんな」と声を漏らす草香

「これも今までの騒動と関連するのかよ」
アイラは首を傾げながら聞いた
無論、ルソーに関わる一連の事件のことである
「それに関してはわからない。本人から聞いた方が早いんだけど、それも今はできないからね。何もできなくて申し訳ないよ」
困ったようにミツミは返した

その時、ミツミのポケットで携帯端末が鳴った
病院に常設しているナースコールである
ミツミは端末をとりあげ、耳に当てる

『先生、今、ルソー・ハレルヤの処置が終わった』
機械を通したような男性の声が聞こえる
『傷の方は大丈夫だ。跡が残ってるが、それも数日で消えるだろう』
「お疲れさま、プラチナ」

『ただ』
僅かに声のトーンを落とし、プラチナと呼ばれた男は続ける
『意識の方が回復しない。脳が損傷した可能性がある。目覚めるにしても、時間がかかるだろう』
それを聞き、ミツミは僅かにフブキを見た
草香とアイラになだめられているフブキに、この事実を突きつけるには心苦しかった

「分かった。後で詳細を聞かせて」
『了解した』
しかし、事実を伝えるのも医師の務めである
携帯端末を切り、ミツミはフブキのもとへ歩いて行った