バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

59 『殺戮紳士』後

振り下ろしたアイラの左腕は空をかき、地面に指を突き立てた
「うわっ、アスファルトに穴開いてるよ。どうなってんの」
余裕をもってかわした名瀬田がやはり余裕をもって呟く
アイラは体制を立て直すと、再び名瀬田に掴みかかった

拮抗を続けて数十分。しかしながら、先ほどからかわしてしかいない名瀬田に対して、アイラの息は上がっていた
一つ一つの挙動がどうしても大きくなる分、致し方ないことでもあった
「てめぇ、少しは真面目に殺りあいやがれ!」
かみつくアイラに名瀬田は笑いながら返した
「まだ潰さなきゃいけない奴らがいるってのに、こんなところで体力使いたくないでしょ?」

アイラが手を止めた
上がる息を抑えながら、じっと名瀬田を見つめる
「もう終わりかい? だったら、こっちからとどめを刺しに行くよ?」
言うが早いか名瀬田は刀を構えて突っ込んできた
月の光に刀をひらめかせ、アイラに斬りかかる
アイラはそれを見、僅かに笑った

斬り上げようとした刀をもつ右手首を、アイラは受け止めた
「なっ」
名瀬田が反応するのとほぼ同時に、アイラは左手に力をこめる
右腕は手首から音を立てて潰され、打ち捨てられた
「くたばれ!」
続けざまにアイラは名瀬田の首に手を伸ばす
これで勝てる。そう思っていたのだが

耳を劈く音が一発。一拍遅れて、胸に襲い来る灼熱感
名瀬田はまっすぐ左腕を伸ばしていた。その指先には、穴が開いている
アイラは見た、自らの胸から、血が流れているのを

「惜しかったねぇ。先に強烈なのを食らっていたら、僕でも死んでいた」
「てめぇ、それ……」
傷口を抑えながらアイラは言う。名瀬田は笑って返した
「知ってる筈じゃないのかい、僕が「兵器」であることくらい」
そう、アイラを襲ったのは、名瀬田が左腕から放った銃弾であったのだ

痛みをこらえながら、アイラは名瀬田を睨む
それを見、名瀬田は不意に「ああ」、と声を漏らした
「そうか、どこかで見たことあると思ったら、昔殺した人によく似てるんだ」
「昔?」

「二十年位前になるかなぁ。まだ僕が殺人鬼として活動しだしたばかりの頃さ」
名瀬田は大きく手を振りながら言う
「当時は、そりゃあもうすごい勢いでいる人いる人皆殺しててね。もう誰を殺したか覚えてないけど、いくらか印象に残った人はいるんだよね。たとえば、そう」
名瀬田はすっと指をアイラに向けた
「君のような、綺麗な水色の髪をした女性、とかね」

アイラはその言葉で気付いた
「あの日」の記憶が引きずり出されていく
首のとられた母の死体。しかし、落ちていた首には額に銃痕があった
首を斬れるほどの大型の刃物と額を撃ち抜ける銃を、普通は同時に持ち歩くだけでも困難である
そう、マルチに対応する力が必要なのだ、名瀬田のように

アイラの中で、何かが切れた
「……そうか……、てめぇ、てめぇ……!」
真相が、目の前で繋がった
それも、最低な形で

「てめぇかああああああああああ!!!」

アイラが吠える。ずるりと音を立てて彼の胸から何かが現れた
それは、血のように赤黒い鎖。アイラはそれを乱暴に掴むと、名瀬田に向かって放った
しかし、普段使っていなかった鎖の威力は乏しいもので、名瀬田は簡単に撃ち払った
そして、指先の銃口をアイラに向けた

連続した発砲音。2メートル近い巨体が弾き飛ばされる
アイラは乱射された銃弾たちに貫かれ、その場に倒れ伏した

「……全く、手間をかけさせたね」
名瀬田は腕を下ろし、歩き出す
「さぁ、時間だよ、草香。今迎えに」
その時

じゃらり。金属がこすれる音とともに、自分の足に何かが絡みついたのに名瀬田は気付いた
足元を見る。そこに絡まっていたのは、鎖
その鎖をたどって、名瀬田は流石に驚いた

倒れたはずのアイラが、立ち上がろうとしている
まだ地面に膝をついているとはいえ、多量の出血に、意識も朦朧としているのに違いない筈だ
「馬鹿な……」
名瀬田は呟いた

アイラが胸の鎖を乱暴に引き寄せる
足の鎖が引かれ、名瀬田はバランスを崩して倒れ、その距離を急激に詰めていく
そして、アイラは左腕を伸ばし

その「首」を、折った

ガシャンと重い音を立てて、名瀬田だったその機械は地面に落とされる
アイラはその頭を蹴りつけると、よたよたと病院へ戻っていった

静かになった病院前に、一人の人影が近づく
それは機械の残骸を拾い上げて一瞥すると、そのまま引きずりながら立ち去った