バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

58 うつらうつら

そこは平和で、明るくて、何もかもが輝いていた
ぼやけた情景しか見えないが、それでも楽しい所だということは理解できていた
なんということはない、ただの近所の散歩道
そこで角を曲がり、とある家の門をくぐり、ドアを開けた

途端に、視界が塞がれたかのように真っ暗になった
一拍遅れて襲い来る、むせるような臭い、鉄の味
僅かにさす光だけを頼りに、彼は家の中に入り、居間のドアを開けた

壁が、見たことのない色で塗られていた
まだらに飛び散るその色は、一瞬で異常であることを臭わせた
そして、それに寄りかかるように倒れていた一人の「人と思しき物」
しかしそれには、あって当然の「首」がなかった

気が動転する。慌てて駆け寄ろうとする
その足元にあった何かに躓き、転んでしまった
恐る恐るそれを見る
それは、額を撃ち抜かれた、最も愛する母親の「首」であった



「――さん、アイラさん」
ヤヨイの声で、うつらうつらとしていたアイラは目を覚ました
「疲れてるの? 随分うなされてたみたいだけど」
「……ああ、大丈夫だ。ちょっと、やなこと思い出しちまってよ」
言葉を濁すアイラを、ヤヨイは首を傾げながら見ていた

「アイラさん!」
急に病室のドアをあけて草香が入ってきた
「名瀬田が……、名瀬田が」
「落ち着いて、草香ちゃん」
そっと背中を撫でながらヤヨイが落ち着かせる

「どうした、草香」
「いますぐルソーさんを安全な場所に避難させてください! 名瀬田が、名瀬田が今夜、ここに……!」
アンドロイドであるとはいえ、草香は感情をもつ者
その表情も声も切羽詰まっていた
とはいえ、眠ったままのルソーをどこかに移動させるのも困難である
アイラは暫く考えた後、舌打ちを一つして立ち上がった



日は沈み、月が上る頃
かつかつと足音を鳴らし、名瀬田は病院に向かっていた
ようやく、もう一度草香を連れ戻すことができる
名瀬田の起動していた時間を考えればたいしたことはなかったが、それでも待ち長かった

「……おい」
ふと、声をかけられ、名瀬田は足を止めた
病院の陰から何かが現れる
それは、黒いローブを纏う、単に言えば「大きい人」

「お前が名瀬田とかいうやつか」
彼は言う。名瀬田は「そうだよ」とだけ返して歩を進めようとした。しかし
「待てよ。今、お前を行かすわけにはいかねぇんだよ」
彼の言葉に、名瀬田は再び足を止めた
彼はフードを取り払う。現れた水色の髪に、名瀬田はああ、と声を漏らした
「君、草香に付きまとう「悪い虫」だね」

正直なところ、彼、アイラにとっては、病院を荒らされようがどうしようがどうでもよかった
しかし、自分の命を救ったフブキとルソーが巻き込まれるのを見ていられなかったのだ
名瀬田が仕込み刀を抜く。それを見、アイラも左手を鳴らした
そして、名瀬田にむかって、アイラは蹴り出した