バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

引き抜かれた男

「やだなぁ、レベル上がってるって聞いたけど、伊達じゃない成長ぶりじゃないか。僕怖いよ」
「そういう鬼才様だって、腕が落ちるどころかあがってるではありませんか」
互いに互いをにらみ合い、爪と釘をぶつけ合うのは、今その傍らで彼らを眺める梨沢の知り合いだ
今、梨沢は連れの少年とともに荷物番がてら彼らの模擬戦をぼんやりと眺めている

片方の男は梅ヶ枝天。梨沢は彼らの拠点を貸してもらっているのだが、その頃からずっと、特にここ最近チームへの勧誘でうるさい男だ
彼は肘から先をまっすぐ伸ばし、相手に鋭い爪で突いていく
それを長い釘で受け止めた男が鬼才銀杏。彼は現在、セカイの治安を守る所謂自警団のような役割を果たしている
しかしあまりのネガティブ加減に上司はおろか部下もお手上げだと聞いている

「あはは、やっぱりレベルの高い模擬戦は面白いね。梨沢さんもそう思わない?」
傍らに座っていた少年が声をかける
梨沢は視線を向けずに答えた
「俺は、こんな趣味もってないからな」



遡ること半時前
梅ヶ枝と少年、栗原真琴に引きずられるように買い出しに付き合わされた梨沢は彼らと共に帰路についていた
「何でわざわざ俺なんて連れてきたんだよ、めんどくせぇ」
吐き捨てる梨沢を栗原がなだめる
「研究ばかりじゃ肩がこるでしょ。たまには外に出たい気持ちもあったんじゃないの」
「でたけりゃ勝手に出るよ、ったく」

そういいながら角を曲がると、よく見知った姿が横切った
正確には、梅ヶ枝と栗原のとく見知った姿、なのだが
「あれ、あの人……」
「ああ、鬼才さん!」
名前を呼ばれた姿は足を止め、こちらを向いた
「……やぁ、君たちか。久しぶりだね」



「鬼才銀杏。数々の功績をあげた故に自警団に引き抜かれた元探偵、ねぇ」
梨沢は心底だるそうに呟いた。栗原がそれに答える
「凄かったんだよ。頭がきれて、指示も上手くて、戦闘能力も高い。死ぬほどネガティブなのを除けば完璧な人間なんだから、僕たちも嫉妬しちゃう」
「かといってさ、何もチームを抜ける必要はなかったんじゃねぇの」

鬼才は元々、現在梅ヶ枝たちが所属しているチーム【ヘテロ】を創設した張本人である
しかし、梅ヶ枝たちの言うには、彼が引き抜かれて警察になるとほぼ同時期に梅ヶ枝にチームをまかせて抜けてしまい、現在は誰ともチームを組んでいないという

梨沢のその一言に、栗原は首を傾げながら言った
「じゃあ、何で梨沢さんはチームに入らないの?」
その一言に、梨沢は固まる
「きっと、そういうことなんじゃないの、鬼才さんが抜けたのはさ。僕たちにはよくわからないけど」
人に話せない事情があるかもしれない。そんな気配をほのめかせて、栗原は黙った
ここのチームは掴めないやつばかりだ。そう思って梨沢はため息をついた

「うわっ!」
声が一つ飛んだ
バランスを崩して倒れた梅ヶ枝の喉元に釘がつきつけられる
「これでおしまいでいい?」
「……まいりました」
梅ヶ枝の返答に一つ頷き、鬼才は釘を仕舞った
「流石に属性使われてたら、結果はどうなるか分からなかったけどね」

「あ! ねぇねぇ!」
急に栗原が明るい声をあげた
よからぬことを思いついた。そう思って梨沢は身構える
そしてその「よからぬこと」を、栗原は吐き出した
「梨沢さんも鬼才さんに模擬戦お願いしてみれば! こもりきりでしょ! たまには暴れようよ!」

「えぇ、まいったなぁ。僕、さっきまでギリギリの攻防すぎてかなり疲れてるんだけど」
口ではそういう鬼才だが、その口調はやぶさかでもないようだった
梨沢は何度目かもわからないため息を吐くと、ベンチから立ち上がった

「手加減してくれよ。俺、梅ヶ枝よりレベル低いんだから」
「レベル詐称って、知ってる?」
鬼才はそれでも相手を持ち上げた