バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

63 手荒な作戦

「……本当に一日密着するなんて思いませんでしたよ……」
いつもよりやや疲弊した声でルソーは言った
丁度昼ご飯時、ルソーはコマチと連れ立って町中のカフェで昼食をとっていた
彼は約束通り出社と共にコマチを拾い、一日密着という形で取材を許可していた
「殺人鬼の噂を解消するため」というのが形状の理由だが、コマチにとっては自分が殺人鬼でも面白いものが書けるだろうと睨んでいた。そう、彼女の一人勝ちなのである

「ルソーさんっ、あと半日ですねっ」
「食べながら喋るもんじゃないですよ。行儀が悪い」
ルソーの声など気にもせずコマチはメモにペンを走らせながら食事をとっていた
「ちなみにこの後のご予定はっ」
「事務所でデスクワークです。お帰りいただいても結構なんですが」
「まさか! 一日密着するつもりで来てますからね、私は!」
手ごわい女性である

会計を済ませ、外に出たルソーとコマチ
「お腹いっぱいですねー!」と伸びをするコマチをよそに、ルソーは携帯端末が鳴っていることに気が付いた
失礼、と一言置き通話に出るルソー
瞬間、彼の目がより一層鋭さを帯びた

「ルソーさん?」
ルソーは声をかけるコマチを僅かに見やり、そのまま走り出した
「あっ! 待ってください、ルソーさん!」
すぐにコマチはルソーを追いかける

ローラースケートで追っているにもかかわらず、コマチはルソーとの差をなかなか縮められなかった
「ルソーさん! 速すぎ! どうしたんですか、もう!」
コマチの声など届かないかのように、ルソーは前方を見、ひたすら走り続ける

その時、後ろから発砲音が聞こえた
驚いてコマチは足を止めて振り返る
後方にいたのは背丈の低い女の子
帽子を目深にかぶり、顔はわからない
その掌には、人間にあるまじき「銃口」がとりつけられていた

ヒナコの顔から血の気が引いた
少女は更にこちらに向けて発砲する
呆けていた意識を取り戻してすぐにルソーの元へ行こうとしたが、放たれた銃弾の一発が彼女のローラースケートにヒットし、車輪が壊れてしまった

バランスを崩し倒れそうになったところをその少女に取り押さえられる
地面に押さえつけられ、なんとか脱出を試みるも、非力な女性には抜け出せそうになかった
「何、何が起こってるっていうの……!」

その時
こつ、こつと足音が正面から近づいてきた
僅かに動く首をあげそれを見る
黒い帽子、灰色のパーカーにジーンズ。逆光と帽子で顔はわからないが、その髪の色は赤かった

『……お前か、先ほどまであの男についてきていたのは』
ボイスチェンジャーを通した機械の声が発せられる
彼は胸に手を当て、ずるずると音を立てて包丁を引き出した

『困るんだよなぁ、あいつを嗅ぎ回られるのは』
男はしゃがみ、僅かにしかあがらないコマチの顎を包丁の刃先で持ち上げる
『あいつは俺の「身代わり候補」なんだよ。そう簡単に捕まってもらっちゃ困るんだ』
「身代わり、ですって……」

『いいか。あいつに関わるだけなら許してやる。けどな、これ以上あいつに、いや、誰にも「俺」の話題をもってくるな』
それだけ言うと、男はコマチの首筋を強く打った
意識が飛んだコマチはその場に倒れ伏す
男は立ち上がり、少女を引き連れてどこかへ消えた



「――ぇ、ねぇ、大丈夫?」
数十分後、その声でコマチは目を覚ました
顔を上げると、女性が首を傾げながらこちらを見ていた
「どうしたの、こんなところで倒れて」

「……あ」
コマチの意識は覚醒した
「あの! あの、ルソーさん……、髪の色が綺麗な人、見ませんでしたか!」
「うーん、私は見てないけど……」
「ありがとうございます!」
コマチは立ち上がって靴を脱ぎ、歩き出そうとした

そこに、先ほどの女性がぽんぽんと肩を叩いて靴を差し出した
「歩きづらいでしょ? これ、使っていいよ」
「本当に!? ありが――」
お礼を言おうとしたコマチだったが、「靴を貸す」なんて異例の事態が本来起こり得るものでないことに気が付いた
目の前の女性は立ち上がり、言った

「『彼』は、いつどこから貴方を見てるか分からないから、気を付けてね」

そう言って立ち去っていく女性の姿を見送るコマチは、恐怖で声が出なくなっていた