バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

【ジョーカー】の模擬戦

その申し出があったのは、栗原の方だった
「そろそろさ、林檎のレベル上げも真剣に考えるべきだと思うんだ」
休憩中の事務所のメンバーがそろって疑問符を出す
その様子を、やはり休憩中だった梨沢も見ていた

「まぁ、それもそうやとはおもうけども」
やや渋った声を真苅が上げる
「しかしながら、精神的な面に関しても成長が著しく遅いと思われますが」
しっかりと意見を述べる梅ヶ枝に、栗原は「まぁ、そうなんだけどさ」と返した
「でも、昔に比べたら格段によくはなってるでしょ? 昔は事務所からだしてやることも、ルイウに触れ合わせることもできなかったんだからさ」

「俺は賛成だな。安定した戦力になるなら、戦える人物は多い方がいい」
柿本は林檎を見ながら言った
「けど、いきなりルイウと戦わせるのには無理がある。レベルの調節がきかないし、いつどこで何があるか分からないからな」
「となると、力加減のできる対人戦で慣らす、ということですか?」
そうなるね、と栗原は賛同する

ここで、全員の目線が梨沢に向いた
賛成二人、反対二人の状況で多数決をとるのなら、絶対に最後の一人の意思で決まる
チームメイトでもないのにその「最後の一人」に選ばれたくはなかったなと梨沢は思い、もう幾度目かのため息を吐いた
そうして彼はデバイスを立ち上げた
「相手と審判はランダムだ。異論は認めねぇが、林檎のレベルに合わせてやれ」



そうして近くの広場で模擬戦を開始したのは、林檎と栗原
運悪く審判にあたってしまった梨沢は二人の様子を眺めている

戦況は意外にも、林檎のほうが優勢だった
初手に林檎は自らの武器であるトランプをぶちまけ、フィールド一帯の足場を殆ど封印してしまったのである
下手に動けば四方に刃をきらめかせるトランプで足を切る状態に持ち込まれ、栗原は上手く動けずにいた
そして当の林檎は再び両手にトランプを構えていた

「やり方が既に上級者っぽいんだけど」
弱った声を栗原があげる
それを聞いてか聞かずか、林檎がトランプのへりに器用に足をのせながらこちらに接近する
突き出されたトランプを栗原は鉄扇で受け止め薙ぎ払ったが、その時には林檎は既に安全地帯まで下がっていた

「こりゃ、栗原の負けかねぇ」
梨沢がそう呟いたその時、不意に、栗原がふらついた
「あ、やばい」
栗原はそれだけ呟き、トランプで足が傷つくのを無視して膝をついた
それまで青かった空の色が白くなってくる
その白い霧は、フィールドの一面を覆い尽くした

「……よくもまぁ、好き勝手に暴れてくれたもんだな」
栗原の声。しかし「栗原」ではない
それは、栗原の中に抑えられた、多重人格のひとつ
好戦的で、あらゆるものに傷を残す、危ない人物
「反撃させてもらうぜ。覚悟しろ、ガキ」

栗原の姿が霧に消えた
辺りを見回すと、その彼が二人、三人、四人……
「霧による分身使いやがって。審判し辛くなるだろうが」
梨本がそう言ったのを栗原は聞いてなかった
「さぁ、俺の居場所、見破ってみやがれ!」

対する林檎は一人俯き、ぶつぶつと何かを呟いていた
そして、一つ頷くと僅かに足を広げた
瞬間

突如として彼の周りに、黒く透き通った棘が現れた
あまりの素早さに霧がかき消され、そして、真後ろにいた栗原もその棘に貫かれて跳ね飛ばされた
「……そこまで」
梨沢は試合を切った

「なぁっ!梨沢!俺はまだやれるって!」
「ライフゼロになったんだから終わりなもんは終わり。それに今回は加減してやったんだからいいんじゃねぇの?」
「……そうだね。それもそうか」
そういう栗原はもとのお気楽な性格に戻っていた

「でも、やっぱり林檎は怖いね。今度ガチでどこまでレベルがあがるかやってみる?」
「その時は保護者同伴でな」
会話する二人を、トランプを一枚ずつ回収していた林檎が首を傾げながら見ていた