バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

このセカイに来たのは

ルイウが大きく吠える。上半身が浮く
それを見計らって鬼才は釘から手を放し、梨沢を抱えて飛び込む形で僅かに離れた
「間に合ってよかったよ」
額から血を流し、明らかに自分の心配をしなければならない筈の鬼才は笑う

「鬼才、その怪我」
「放っておけば治る。薬は作ってあるから、マインドアウトの心配もいらないよ」
鬼才はそう言って梨沢に笑いかけた
「それよりも、君に怪我がなくてよかった」

「梨沢様! 鬼才様!」
遠方からの声に梨沢が振り返る
梅ヶ枝をはじめとするチーム【ヘテロ】が全員で駆けつけたのだ
「って、何で鬼才さんもそこにいるの」
「うちが連絡いれたんや。たまたま近くにおったようやからな」
栗原の呟きに真苅が答える

「しかし、かなりでけぇな、こいつ。亀か?」
「おそらく形状はそれで間違いないでしょう。外皮が硬いようです」
「盾で突き上げた程度じゃ微塵も効かなかった。こいつ、かなり硬いぜ」
梨沢はよろよろと立ち上がりながら言った

――ふん、人の子がいくら集まろうと、我に勝てるわけがない
「驚いた。こいつ、人語も操る位頭がいいのか」
栗原は感心したように言う
「兎に角、やるしかなさそうだな。いくぞ、お前ら!」

柿本の声で一行がルイウに突っ込む
それを後ろで、鬼才と梨沢が見ていた
「やみくもに戦っても、多分勝てない。外皮が硬いってことは、僕の釘の毒もどこまで届いてるか分からないしね」
そういいながら、内ポケットにしまっていた薬を一気に煽る鬼才。「……苦いね」と苦笑する
「だが、生物である以上、完ぺきではない筈だ。どこかに弱点が」
梨沢の言葉に、くすっと鬼才は笑った
「ねぇ、僕、いいこと思いついちゃったんだけど」

「梅ヶ枝、こっちに来い! 他のやつらも少し引け!」
梨沢の声に反応し、前線で戦っていた梅ヶ枝が引く
――まさか、この期に及んで逃げるつもりではなかろうな
ルイウは前足を振り上げ、一行を潰しにかかる
辺りを駆け巡りながらチーム一行は攻撃を与えていくが、決定打が出ない

「林檎様、柿本様! 奴を前に進めてはなりません、足場の封印を!」
梅ヶ枝の声で林檎と柿本が動いた
四方を刃で囲まれたカードを、林檎はルイウの上方に投げる
「はっ!」
柿本の声とともに、上空に舞っていたカードが一斉にスピードを持ってルイウに降り注いだ
硬い甲羅や外皮に覆われたルイウそのものにダメージはなかったものの、前方の足場をかなり塞ぐことに成功したのである

「逃がさへんで、この亀野郎!」
更に真苅が牽制しながら、ルイウの攻撃の要である前足を狙っていく
「栗原、お前は鬼才さんについていろ」
「分かった。くれぐれも気を付けてよ」
鉄扇を構えながら栗原は答えた
「参りますよ、梨沢様」
「言われなくとも!」
互いの意思を確認しあうと、梨沢と梅ヶ枝はルイウにむかって蹴り出した

――おのれ、ニンゲンごときが!
ルイウが真苅たちの牽制に僅かに圧されていく
先に動いたのは梅ヶ枝だった
彼は飛び上がってカードの山をこえると、肘から先をまっすぐ伸ばし、ルイウに突っ込んでいった

――小癪な!
ルイウはそれに反応し、上体をあげて梅ヶ枝を前足で弾き飛ばした
大きく吹き飛ばされた梅ヶ枝はそのまま道を転がっていく
「梅ヶ枝さん!」
栗原が叫ぶ。だが、その後ろで鬼才は笑っていた
「いや、これでいいんだ」

――……!
目標が遠くに飛んでいくのを見ていたルイウは気が付かなかった
その下方、自らの弱い所にもう一人、滑り込む人間がいたことに
「はあぁっ!」
梨沢は叫ぶ。その足元からジワリと濃紫のオーラが現れる
オーラはいくつもの棘を形作り、ルイウの下腹部と首を襲った



帰るべき人も場所もなくした梨沢は途方にくれていた
公園のブランコに腰をかけ、うつむきながら揺らす
空は曇っていて、星はおろか月も見えなかった

「……おや」
不意にそんな声が聞こえ、梨沢は振り返る
この時世にしては異様な、フォーマルウェアの男だった
「この時間にこんなところにいるのは、私だけではなかったのですね」
男はそう言った

梨沢はその声を無視してまた俯く
男は梨沢のとなりのブランコに腰掛けた
「……残念ですね。今夜は月も星も見えないとは」
「……何か用かよ」
「いいえ、何も」
男はそれだけ言って、なおも空を見上げていた

二人の男は黙ったままブランコに揺られる
「こういうときって、何て話しかければいいんですかねぇ」
「俺のことは放っておいてくれよ。どうせお前も、俺を嫌う人間の一人なんだろ」
「ほう、そうおっしゃりますか」
男は何を思ったか、不意に立ち上がると、梨沢の前まで歩み寄った
「初対面の方をいきなり嫌うほど、私は第一印象に拘らない男だと自負しておりますが」
「……だから、なんだよ」

「貴方、梨沢英介様と見て、相違ないでしょうか」
どうして俺のことを、と言いかけて、梨沢は自分の中で合点が言った
この男はきっと、噂だけをききつけて、自分を傷つけるためにきたのだと
しかし、男は続けて言った
「もし、貴方がよろしければ、うちに来ていただけないでしょうか」



灰と化していくルイウを見ながら、梨沢は自らの過去を思いだしていた
久しぶりにつかった「闇」が、自らの記憶を引きずり出し、また心の奥底にしまおうとしていた
「……梨沢様」
不意に、ぽんと梨沢の肩に手が置かれる
見上げると、そこに梅ヶ枝がいた

「お前、酷い怪我じゃねぇか! 安静にしてろよ!」
「私はそんなにやわではありませんよ。治癒補正のおかげでしょうが、大したことはありません」
「な、ならいいんだけどよ」
やりにくい。そう思いながら梨沢は頭をかいた

「……それでですね、梨沢様」
梅ヶ枝はにっこりと笑って切り出した
「チーム参入の件なのですが」
「またそれか? お前も本当にこりないやつだな」
「しつこさにかけてはチーム一だと自負してますから」

「梨沢君」
そこに、ニコニコと笑いながら鬼才が近づいてきた
「実は僕も改めて入ってくれって勧誘されててさ。リーダーにならないことを条件に、入ろうかと思ってるんだけど」
「はぁ、あんたが?」
「前に言ったでしょ、この時世にチームに入らないのは辛いって。それは、今回梨沢君も体感したと思うんだけど」
うっ、と梨沢の言葉が詰まる

「まぁ、最後に決めるのは自分だから、ゆっくり考えるのもありかもね」
鬼才はそう言って手をひらひらさせた
「……いかがなさいますか、梨沢様」
梅ヶ枝の声に、梨沢は答えた

「恩を返すまでだ。それまでの間なら、チームに入らないこともない」

総勢7名の「異端」なチームが生まれた瞬間だった