バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

天才の葛藤

梨沢は孤独であった
生まれ持った物理学に対する才能が仇となったのだ
彼の周りによりつくものはおらず、いじめにさえ発展しなかった
「俺を見る目は皆、奇異な生物を見るようだった」
梨沢は以前そう言ったことがある。誰に対してかは、まだ思い出せない

だから、人との交流に割かれるべき時間を、彼はほぼすべて物理学に注いだ
誰も認めてくれないのであれば、認めてくれる実績を出せばいいと、思っていたのである
そしてそれはついに叶い、彼は20歳にして宇宙を形作るダークマターの一部を作り出すことに成功したのだ

しかし、それにより梨沢への目は、奇異から恐怖に変わっていることに気が付かなかった
ふと顔をあげると、彼らは揃って梨沢を追い出した
「お前は、もう、来るな」
研究室は滅茶苦茶にされ、すべての人が近寄らなくなった
すべて、すべて自分が「異端」だったからである
そして、すべてをなくして、梨沢は――
……どうしたのだろうか



「ぐあっ!」
ルイウの前足の爪が梨沢を襲う
梨沢は盾でそれを防いだが、大きく弾き飛ばされた
「くっそ、やっぱり重いな」
ちっと舌打ちを一つし、梨沢は尚も立ち上がった

「でも、通してたまるかよ。この先には人が」
――まてよ
言葉を続けようとした梨沢は、その場にかたまった
――本当にそれでいいのか?
(……なんだと?)

自分の思考ではない。梨沢はすぐに把握した
恐らく、この目の前の亀のようなルイウの影響だ
――お前、疎外され続けたんだろ?
不意の言葉が心に刺さる
――そんな人間の味方なんて、する必要ないじゃないか
「黙れ!」

梨沢は蹴り出し、ルイウとの間合いを詰める
そして盾をぐっとおろし、ルイウの顎に向けて突き上げた
しかし、勢いにのけぞるだけで、ダメージが貫通したわけではなさそうだった

――ほら、その程度の力しかないじゃないか
嘲笑うかのようにルイウは言う
――所詮、お前の人間を思う心はそれだけだったということだ
「うるさい」

――あきらめてここを通せよ
「うるさい」
――今通してくれれば、お前のことはなかったことにしていいからさ
「うるさい」
――お前のことを見捨てた人間たちに復讐できるんだぞ?

頭をかかえる梨沢に、ルイウの爪が襲い掛かる
思考が混濁する梨沢はそれに気が付かない
その爪は梨沢を容赦なく切り裂いた
……かのように見えたのだが

「ぐ……ぅ」
いつに間にか梨沢の目の前に、彼をかばうように立つ人物がいた
ルイウの爪の間に釘を突き立て、切り裂かれた部位を気にすることなく立つ人物
「鬼才!?」
鬼才銀杏がそこにいた