バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

彼が優秀な訳

「嘘でしょ、何があったの、梨沢……?」
栗原が声を漏らす
それに反応したかのように梨沢は足を止め、ぐるりと振り返った
目は赤く光り、完全に正気を失っていた

「真苅様、柿本様、いかがなさったのです!」
梅ヶ枝は倒れている真苅を抱え上げながら言った
二人とも息はあがっていたが、意識はあるようだった
しかし、様子がおかしい

「あかん……、やめて、もうやめてやぁ……」
「う、うう……、違う、こんなの、違う……」
小声ではあったが、苦しそうにそう二人は言葉を紡ぐ
「目立った外傷はありませんが、何があったのです、真苅様!」

「……梅ヶ枝はん、今すぐ、逃げて……」
真苅が言葉を返したその時
「! 皆!」
栗原が何かに気づいて鋭く声を上げた
その直後、梨沢がまとっていた濃紫のオーラが襲い掛かってきたのだ

「っ!」
オーラは風のように吹き抜け、大した外傷を与えることはなかった
しかし、栗原、梅ヶ枝、そして鬼才までもが地面に膝をついた

「な、なに、これ……」
栗原が頭を抱え、苦し気に声を出す
真苅をとりおとし、自らの胸倉を掴んで梅ヶ枝は目を見開いた
「これは、過去……、否、「トラウマ」ですか……?」

心の底に知れず溜まっていた黒い靄が突然動かされたかのように、脳内を駆け巡る
言わずともわかる。これは自分たちの「トラウマ」
それがいとも簡単に引き出されたのである

全員が動けなくなったのを確認し、梨沢は再び歩をすすめようとした
しかし
「……はぁ、まいったなぁ、これは」
声。そして、地を踏みしめる音に梨沢は再び振り向いた
鬼才が、そこに立っていた

「苦しい、苦しい。つらい、つらい」
彼はそう言いながらも一歩ずつ梨沢に向かって歩いてくる
危機感を感じたのだろう。梨沢は素早くオーラをとげに変えて射出した

幾個所にもとげが刺さるのも気にせず、それでも鬼才は前へと歩いてきた
「でもね、僕は思うんだ。一番最低なのは、君を助けられない「今」の自分自身なんだって」
鬼才は自らの手を握った
「ごめんね、手荒な真似しかできなくて」
そうして、鬼才は梨沢にゆっくりとせまると、鳩尾を力いっぱい殴りつけた
梨沢はそこで気を失い、オーラも消え失せた

「……さて」
梨沢を抱え上げながら鬼才は今通ってきた道を見た
チームメイトが揃って梨沢の「闇」に苛まれ動けなくなっているのを、何とかしなくてはならなかった
「うーん、やっぱりここはあの人しかいないよね」
鬼才はデバイスを取り出すと、どこかへと電話をつないだ