バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

29 招待

「ほら、飲みな」
目の前に置かれた紅茶に、マヨイは戸惑いを見せる
「ほーら、俺の入れたお茶が飲めないのかー? うーん?」
相手はマヨイの真向かいに座り、自分の分の紅茶を飲んだ

『猿回し』、と相手は名乗った。本名ではないことは明白だった
おそらくこの男も裏世界の従事者だろう。簡単に信用していいものか、マヨイは戸惑っていた
「俺もな、ちょうどお前を探してたんだ」
彼はそういってマヨイを事務所のようなところに連れ込んだ

「それで、私を探してたって、どういうことなんですか」
目の前の紅茶には手を付けず、マヨイは切り出した
「お前、最近誰かに間違われてただろ?」
即座に『猿回し』が返し、マヨイはさらに困惑する
「知ってんだよ。お前が『仕立て屋』に間違えられて追われてることくらい」

「ヤヨ……『仕立て屋』は、私をかばって」
「お前、知らないのか? お前の親父が死んだ理由」
不意に父親の話題を上げられ、マヨイは動揺した
『猿回し』は畳みかける
「俺たち、「カルミア」が潰れたせいで職を失い、自責し、自殺したんだ。その「カルミア」をつぶしたのが『仕立て屋』たちだぜ」

分かっていた
マヨイはとっくにそのことを理解していた
でも、親身になって守ってくれたヤヨイたちを裏切りたくなかったのだ

「復讐、したくはないか」
『猿回し』は切り出した
「お前の親の敵に復讐してやるんだ。どうだ、興味はないか」
「そんなこと……」
マヨイは言い淀んだ

「ああ、いい。今決断しろとは言わない。だが、すこし頭の片隅に置いておいてくれ」
『猿回し』はメモを渡した
「協力する気になったら、ここに連絡してくれ。いくらでも手を貸そう」
『猿回し』はそういって立ち去った
残されたマヨイは、紅茶に手を付けないまま立ち上がった