バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

2 『ハシモト』という男

法律相談所に務めるハシモトの住みかと言えば「裏事務所」のことである
必要なものと、少し高級な小道具と、カーペット。買いそろえたものと言えばこの程度である
熱いコーヒーをデスクの上に置き、ハシモトは煙草に火をつけた
コーヒーと煙草のにおいが上空で交じる

「帰ってたんだな」
そういいながら入ってきた長身の男に、ハシモトは顔を上げる
「そういうお前は今お帰りで、ライター」
「すっかり居場所になっちまってるのがむかつくところだが仕方ねぇ」
「名瀬田はどうした」
「あいつは自室で充電中だよ」

『ハシモト』
本名、エミ・フルイセ
父の仕事であった法律相談所を継ぎながら、裏でブローカーを営んでいる守銭奴である
コーヒーと煙草をこよなく愛し、人を愛することを知らない
だが、それよりも彼を的確に説明するならば

「……おい、また脱いでるのかよ」
ライターは部屋の隅に脱ぎ捨てられたスーツの上着を見ながら言った
対するハシモトは上半身に一糸まとわず、骨と皮だけの不健康そうな体をあらわにしていた
「いいじゃねェか。どうせここには事情を知る野郎しか集まらねェんだからよ」
「女が来ても同じこと言えるのかよ」
「物好きじゃなきゃこねェ、こねェ」

「っ、あー、疲れた。部屋借りるぞ。寝かせてくれ」
「はいはい。昼夜逆転の騒ぎじゃねェなァ」
「うるっせぇ」
ライターは片手をあげると、部屋へと消えていった

誰も、彼のことなど知ろうとしなかった
『ハシモト』という人間がどれだけ闇を抱えているのか
どうして裏の世界に踏み込んだのか
知っているのは、ごくわずかな人間しかいなかった

それでよかった。ハシモトは思う
余計な心配や弱点を見られたくなかったのだから