バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

字書地獄1「桜の空」


「それじゃあ、また明日」
誰に言うわけでもなくその言葉を投げかけ、片桐唯人は教室を出た
高校に入って2度目の春だが、友達がいないのは寂しかった

「よう、唯人」
不意に片桐は呼び止められ、振り返る
校門に寄りかかり、一人の男子が手を振っていた
「スラッ……、いや、須藤」
「スラッグでいい」
スラッグと呼ばれた男は姿勢を正し、片桐のもとへ歩いてきた

「今夜、暇か?」
「予定はないけど……、まさか、「処刑台」まで連れていくつもりじゃないだろうな」
「馬鹿言うな。今日は満月だろ? ルール違反はしない主義だからな」
スラッグは先を歩きながら返した

「じゃあ、何で?」
「満月だからさ、お前に見せたいものがあるんだよ」
笑顔で振り返るスラッグを見ながら、片桐は首を傾げた
「見せたいもの?」
「そう。だからさ、今夜お前ん家に迎えに行ってもいいかなって」
「構わないよ」
「決定。今夜、楽しみにしてろよ」
スラッグは無邪気に笑った



時間は過ぎて夜となり、約束通りスラッグが迎えに来た
片桐は弟の善良を連れて家を出た
「少し歩くぞ。今日は寒いから上着でも着て来い」
そんなことをスラッグが言うので、薄手のコートを羽織って出た

「須藤さん、その、連れていきたい場所って、どこなんです?」
善良が言う。片桐も善良も生まれた時からこの町の住人故に、知らないであろう見どころが思いつかなかった
「へへ、もうすぐだよ」
そういってスラッグが連れてきたのは、片桐の家からやや離れた公園だった

「ここの桜がな、最初に来た時よりすごくきれいに咲いているからさ。見せたかったんだよ、お前たちに」
桜並木の間を通りながらスラッグが言う
確かに、近くにありすぎてまじまじと桜を見たことがなかった

その時
不意に風が渦を巻いて吹いてきた
散った桜の花びらが巻き上げられ、空へと舞う
「……きれいだな」
片桐は一言呟き、舞い上がる桜をただ眺めていた



「拝啓、処刑台より」番外
桜の空