バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

僕と僕たち

「僕は、自分の意見を持つことを許されない」
栗原が思い切って打ち明けたのは、昼時のラーメン屋でのことである
栗原から呼び出しを食らった梨沢は、彼の買い物に付き合い、腹ごしらえの真っただ中であった
間抜けにも麺をすすりきる前に顔を上げた梨沢。栗原はそれを見たが、笑うことはしなかった

「僕の意見は、「僕たち」の意見ではないんだ。僕たちは常に相反し、それでも構築し合って生きている」
誰を指すかなど、梨沢には想像に容易かった。彼の「異端」、彼自身の中にいる多重人格のことである

「……珍しいな。お前が「僕」なんて使うなんてよ」
麺を呑み込んで梨沢は返す。あくまで無難なところを踏み探すように
「僕だって、「彼ら」から見れば一つの人格に過ぎない。彼らが何をやってるかなんて僕は分からないし介入もできない。それは梨沢だって分かってるでしょ?」
「今まで見てきたからな。特に「甲」。あいつは危なすぎて困る」

栗原真琴は多重人格だ
攻撃的な性格でパワーの強い「甲」
臆病で防御に特化した「丙」
そして、主軸となる現在のバランス型「乙」
梨沢達は識別するためにあえてそう呼んでいる

「もうとうに慣れたはずなのにね。何故か苦しいんだ」
栗原の言葉に、梨沢は腕を組んだ
そして、一言
「そうでもないんじゃねぇの?」
そう返した

「え?」
「例えばよ、今日買い物に俺を連れまわしたじゃねぇか。買い物ってそれこそ自己判断しなきゃやっていけないと思うんだけど」
「……そっか」
「お前さ、案外自由にやっていけてるんじゃねぇの?それが「お前たち」の意思なのかはおいといて、だけど」
栗原はいつもの笑顔に戻った
「そうだよね。僕は僕。僕たちは僕たちだ」
「そういうことだ」

「ねぇ、梨沢さん。この後も少しだけ買い物に付き合ってくれる?」
「しょうがねぇな。なら、さっさと食えよ。麺がのびるぞ」
栗原は箸を取った