バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

14 『ネズミ』と『仕立て屋』

「あっ」
そんな声を上げてヤヨイは立ち止まった
正面の信号、道を挟んで向かい側に知った顔があったからである
「『ネズミ』くんじゃない」
「『仕立て屋』さん」

「久しぶりだね。おつかいの途中?」
「そんなところです。うちのご主人は悪目立ちしてしまうので」
考えてみれば彼の主人『イヴ』が外に出た姿を見たことがない
綺麗な人なのに外界との交流を絶っているのはもったいないなとヤヨイは思う

「時間ああるなら、そこでお茶しようよ。おごってあげる」
「そんな、僕なんかにはもったいないです」
「いいからいいから。この後のお使いも手伝ってあげるよ」
今日の午後に予定がなかったヤヨイは、ちょうどいいとばかりに『ネズミ』の手をとった



「あ、ありがとうございます」
目の前に出されたアイスココアを見つめながら『ネズミ』は言う
「ホットじゃなくてよかった?」
「猫舌なので。『ネズミ』なのに」
不器用なジョークにヤヨイは微笑む

「そろそろ動き出すそうですね」
『ネズミ』の言葉にヤヨイは頷いた
「『ハシモト』がこっちから仕掛けよう、だって」

「でも、私、自信がないんだよね」
ぽつりとヤヨイは呟いた。『ネズミ』が顔を上げる
「私はバラバラにすることしか能がないから。人殺しなんてそもそも向いてない。それに、心器の複数所持を隠さないといけなくて、悪目立ちもできない」

「……いえ、『仕立て屋』さんはお強い方ですよ」
『ネズミ』は返した
「僕、心器も何も使えないから、そういうの羨ましいなって思うんです」
「『ネズミ』くん……」

「何かあったら、僕も協力させてください。お代はいりません」
「……そう言ってくれると、ありがたいな」
ヤヨイは紅茶を飲みほした
「ありがとう、『ネズミ』くん」

「……ところで、『仕立て屋』さん」
急に声を抑えて『ネズミ』は切り出した
「なんだか、店の様子がおかしくないですか」
「えっ」

ヤヨイはあたりを見回す
客や店員の視線がこちらを向き、ざわついている
「……やばいかも」
ヤヨイは『ネズミ』の手を引き、乱暴に伝票の上にお金を置いて立ち上がった