バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

20 『薬師』

「ちっくしょー……」
素早く間を置き、アイラは口元をぬぐう
接近戦一本に絞られるアイラは、遠距離から攻撃してくる『薬師』と相性がすこぶる悪かった
近づこうとすると持っている薬品を投げつけられ、近づくことができない

「どうした、『折り鶴』もそんなもんか?」
挑発してくる『薬師』に苛立ちを覚えながら、それでも冷静にアイラは状況を見ていた

細い路地の合間で戦っているこの状況
近づきさえすればちょうどいい環境ではあるものの、そうでなければ図体の大きいアイラには不利である
既に壁のコンクリートアスファルトは蒸気を立てながら溶けている
よける隙間がないのは相手だって同じだと、打開策を練るアイラ
そこに試験管が飛んできた

「ふむ、『猿回し』のデータより頭がまわると見た。このまま放っておくのもおしい」
『薬師』は試験管をしまい込むと、アイラに向けて手を伸ばした
「うちにこないか、『折り鶴』」
「あ?」

「待遇はよくしてやろう。私が保証する」
「……」
「やることはただ一つだ。私たちにたてつく殺人鬼を殺せばいい」

「そもそも君は根っからの殺人鬼なはずだ。一人で幼少から殺しを覚えて生きてきた。そうだろう」
『薬師』は笑う
それをアイラは黙って睨む
「それはこれからも変わらない。今がただ幸せなだけだ。その幸せはすぐに潰える」
『薬師』はにたりとほくそ笑み、言った
「戻って来い、「こちら側」に」

瞬間、『薬師』は体に異変を覚えた
締め付けられる感覚が体を襲う
「は――?」

視線を上げると、そこにはアイラの姿がある
だが、その右手に赤い鎖がのび、自分に絡みついている
(こいつ、いつの間に……?)

「嫌だ」
アイラは正面を向く
その目は、生に、幸に食らいつく目
「そんな理由で、ルソーを、フブキさんを裏切りたくない」

アイラは思い切り鎖を引いた
『薬師』の体からバキバキと音が漏れる。同時に『薬師』は鋭い悲鳴を上げていた
自分の仕込んでいた薬品入りの試験管が割れたのだ
その勢いでアイラが更に鎖を引くと、体がこちらに引き寄せられる
そして、アイラは左手を伸ばし、『薬師』の首をとらえた

その場に死体を落としたアイラは、死体の頭を蹴りつけて踵を返した