バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

記憶障害にご注意ください

「……ここが、最初に目を覚ました場所です」
 ツキトは振り返りながらそう言った。
 森の奥、ある程度整備された木々と草が生い茂り、更には雪道を歩く中にその建物があった。このエリアとしては珍しく瓦屋根の赤い煉瓦で出来た小さな建物と、その横にも似たような黒い建物が二つある。
 赤い煉瓦の方へ行くも、大人三人が入るのもやっとな上に、正面の戸が開けなければ陽の光もろくに入らず、現代における防寒対策もないような小さな建物だ。
 その横に建てられている看板には「煉瓦造り独居房」と書かれ、かつて使われていた様子等が文章として記されており、それを黙読し終えた梨沢は「ツキト、何か思い出せないか?」と聞く。
 梨沢の言葉に、ツキトは首を振り「何も、思い出せないんです」と言い返す。
「記憶処理が施されているはずだ。忘れていた方が当然といえる、が……」
 大黒屋は言葉を切り、横にある独居房を見るも、特にこれと言って何かを得れず、次に三人は少し上がったところにある大きな建物の中へ向かった。

「五本の通路に分かれてるから、五翼放射状平屋舎房、か……」
 独り言のように建物内にある看板を見て呟く梨沢、その横にはかつて、この場所から脱獄した者達の記録等も記されている。それを感心して読む梨沢は寸前で置いてけぼりを食らいそうになる所を二人について行き、五本あるうちの一本を通路を歩き始める。
「それにしても、中に入ったら少しはマシになるんだと思ったら、大間違いだったな…」
「梨沢は寒がりだな」
「大黒屋こそ、寒くないのかよ」と聞くも、大黒屋は梨沢の話も聞かず、辺りの様子を見始める姿を見て「駄目だこりゃ」と呆れた梨沢。
 天井を見上げると、窓からは日の光が差し込み、左右を見れば鉄格子の扉が幾つも存在しているが、その大半が扉が閉ざされている中には一部の扉が開かれ、当時の様子を表すかのように朱色の服を着たマネキン人形が並べられている。その姿を見たツキトの歩む足が止まる姿を見た梨沢が「おい、大丈夫か?」と声をかけるが、当の本人は両手で頭を抑え始める。

「お前は一生、この監獄で生きていくつもりか?!」
 またしても、誰かが自分に向って怒鳴る声が聞こえ、ツキトは「あぁ、そうだよ!それが、自分の罪を償うことならば、自分はココで生きていく。それだけのことだ!!」と、無意識のうちに梨沢に向って叫んだのだ。

 少々の静寂の後にハッと我に返り、ツキトは梨沢の顔を見る。
「ツキト、大丈夫か?」
「え、えぇ…」
 二人のやりとりを見ていた大黒屋は何かを思うものの、口には出さずにその様子をうかがうものの、他の通路も行ったが、細かな違いがあるだけで、構造自体は何処も似ている建物であった。
 三人は建物を出て、他にも記憶に関する何かがないかと思い、他の施設を見て回った後、中央にある庁舎前に立つ。大黒屋は思いつめた表情になりつつ、隣に居る藤色髪の男を黙って見て思う。

――この場所で、何かを感じ取っているのは間違いない。要所要所で立ち止まっては言い叫ぶ…、少なくとも、俺達の知らないアイツの口調だ。本人は気づいているかはどうあれ、腰につけているぬいぐるみが小刻みに動いて、アレを吸い込んでいるように見えるが…。

 確かに大きな建物だった。だが、特別に目を奪われる場所だろうか?
 先ほどツキトが何度も足を止め、自分たち以外誰も居ない場所に向っては言い叫び、その度にこちらの声に遅れて反応する事に引っ掛かりを感じていたからだ。

――監獄か……。

 三人は入り口にある赤い煉瓦で出来た大きな門を見ながらに、大黒屋は改めてその男に聞いた、
「ツキト」
「はい」
「この場所について、お前はどこまで知っている?」
「ど、何処までって……」
 三人が門を通り出た時であった、ツキトが門にかけられている看板を目にした途端だった――。


「娑婆はここで終わりだ」
 その声を遮断するようにツキトは耳を塞ぐが、聞こえてくる声は遠慮なく言い渡す。
「今日からお前たちはココで罪を償う為の務めを果たしてもらおう」


 彼の目線に入ったのは、黒い服を着た人間と木製の看板に書かれていた文字。
「網走……、うっ!?」と低い声を出し、不意にツキトは頭を抱えて座り込んだのだ。
「ツキト、大丈夫か!」
 梨沢が声をかけるが、ツキトは既に記憶の渦中にいて「自分は濡れ衣を着せられたんだ、…なのに、ここまで連れてくるのか!?そんなの、あんまりじゃないか!!」と叫ぶが、その声は一瞬の地吹雪に吸い込まれ、再び元のセカイに戻る。

「……梨沢。戦えるか」
「戦う?」
「「最悪の開放(パンドラボックス)」で、あいつの記憶を引きずり出す。当然、代償として戦わざるを得なくなるだろう」
「……分かった」
「聞こえたな、ツキト!」
 大黒屋はツキトに声をかければ、ツキトはよろよろと立ち上がりながらも、一つ頷いた。
「お願い、します……!」
「いくぞ、ツキト!」
 大黒屋の足元から、濃紫の物体が現れる。
「「最悪の開放」!」
 物体はツキトを取り囲み、ツキトは悲鳴をあげてその場に膝をつくも、腰につけていたぬいぐるみが地面に落ち急いでナイフを取り出すが、ぬいぐるみは自我を持ったように動き出し、辺りに漂う闇を喰らい徐々に人の形を作り上げてゆく。

『梨沢英介、大黒屋英介、ツキト。模擬戦を開始します』
ぬいぐるみの爪は鋭利と化し、その闇の元にいる人の形をした黒い者も、二人に襲い始めたのだった。