バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

網走監獄の一戦










 ここは地の果てにある冬の監獄、それは、下手をすれば獄中に死ぬ恐れがあったのは、今はムカシの話。
 だが、その寒さ自体は今もムカシも変わりはしないのだ。
 

 襲い掛かる爪を防御し盾を突き出してぬいぐるみを弾き飛ばした後「どうだ、梨沢」と、振り向きざまに問う。
「手前のぬいぐるみをなんとかしねぇことには本体をやれねぇ。だが、どうにもぬいぐるみが強い」
 その闇は人としてある程度形成され、なおかつ、操り人形かのようにぬいぐるみは動き回り始める。
「やはりな。以前事故った時に思っていたが、あのぬいぐるみ、相当厄介だぞ」
 二人が次の一手を下そうとした時、後衛にいた男が「ならば、自分が行きます」と言い、ぬいぐるみがの方へ向かおうとした矢先であった。
「待て」
 大黒屋の呼び声に歩みが止まり「ツキト、何をする気だ?」と問うも「大丈夫です、これは、自分のモノですから」弱々しながらも、どこか決意があるような顔つきで言い、ツキトはぬいぐるみの方へ向かう。

――その闇は確かに自身の不安や恐怖といった気から吸い取られて出来た代物、だが、その闇によって呑まれたら、どうする気だ?

 そんな事が頭の中でよぎる中で、男の右手には紅色の肥後守が握られ、自分自身かのように存在するぬいぐるみと闇に近づき、切りつけようとするも、その闇はツキトの手を掴み、攻撃を制御させ、闇が同化し始める。
「ツキト!」
 梨沢が叫ぶ声が聞こえ、ツキトは「大丈夫で……」と言い終える直後に闇が呑み始める。
「おいおい、これはまずいことになったぞ大黒屋」
 だが、双方で僅かな拒絶反応が起きたのを見て、大黒屋は「ツキトもあの闇も拒絶してる、その隙を狙うしかないな」と、二人が話している最中にぬいぐるみと、今度はその闇に呑まれそうになっているツキトが襲い掛かってきて、大黒屋は大剣を担ぎ上げ、辺りを見回した。

通路と雪に覆われた監獄は、一切の隙も許せない物である。
「かわれ、梨沢。俺が行く」
「いけるのか、お前」
「任せろ。腕は落ちてないはずだ」
 大黒屋は大剣を大きく振るい、横に薙ぎ払おうとするが、ぬいぐるみ再び飛び出し、自らの爪でその動きを制する。そこに、反対の手に持っていたメスで思い切りひっかいた時、バリバリと布のさける音が聞こえ「……なるほどな」と大黒屋が呟いた。
「人形は裂け目から黒い霧のようなものが漂っている、恐らくこれがツキトの「闇」そのものだ」
「なんだと?!」
「!」
 キン!不意に金属音が響き、ぬいぐるみと戦闘している間に、本体でもあるツキトは闇に呑まれそうになるものの、こちらに向かってくる。
 ぬいぐるみの腹を後ろから自ら裂き、ツキトの肥後守で腹を狙ったところを大黒屋がメスで防いだのである。
「大黒屋!」
「梨沢、走るぞ!」
 博物館とは言え、屋外な上に雪道で足場が悪く、二人にとってはこの状況に慣れているわけでもなく、何度か足元をとられそうになるも、なんとか走りながら攻撃を避けている。
「お前が走れ運動音痴!」
「走ってるわボケ!」
「お前に言われたかねぇわ!」
 どたどたと音を立てて大黒屋と梨沢が走り、後ろから人形とツキトが追ってくる、時間は残りわずかな中で「
どうする」と考えたその時だ――。
「……あれは」
 ふと視界に入ったのは小さな鐘、事前に調べていたが、あの鐘は確か……。


 今回の目的地へ向かう直前、ツキトからその場所について幾つか質問をしていた時の事だ。
「ツキト、お前の記憶の中で最も強く残っている出来事はなんだ?」
「出来事、ですか…」
「無理にとは言わない、だが、それがお前の「闇」を知る一つの手がかりになるかもしれない」
 そう言われ、ツキトは黙って瞼を閉じ、自身の中にある記憶の糸を手繰り寄せた時、ある音が徐々に聞こえてきたのと同時に瞼を上げると、そこは研究所ではなくなっていた。
「……ここは」
 辺りを見渡すと、ツキトはかつての場所に立っているものの、人の気配は一切として感じないなと思った時、血相を変えた看守達がこちらに向かってきて、ツキトは思わず「自分は何もしてません!」と言おうとしたが、その看守はツキトの事が居ることなど気づかずに直進したのである。
――一体、何がどうなっているのだろう…?
 続いて他の看守たちもやって来て「何処でボヤがあった?!」と聞けば「舎房の方だ!」「一体誰がつけたってんだ!」「兎も角、一刻も早く消しに行くぞ!」「お前は向こうで鐘を鳴らして、少しでも多くの看守たちを呼んでくれ!」と、看守の大半は火の上がっている方へ向かって行き、そのうちの一人は少し遠くに離れた場所に設置されている警鐘まで行き、その鐘を鳴らしたところで、ツキトは再び元の視界へ戻ったのだ。
「ツキト、大丈夫か?」
 大黒屋に聞かれた時「大丈夫、です…」と返す。
「お前、何かが見えていたな?」
「それもあります、が、真っ先に聞こえたのは鐘でした…」
「かね?」
 梨沢がタブレットで例の場所の情報について検索をかけ「俺達が行こうとしている場所は、かつて存在した建物を移設や移築して出来た屋外博物館だ。無論、それは建物以外も移設や移築したモノだってあるはずだ」その次にページを開き、二人に言った。
「コレには載ってないが、ツキトが聞いた音ってのは多分、警鐘なんじゃないのか?」
「警鐘、か…」
 それ以降、この地に行くまでは全くって話題にはしなかった大黒屋だが、事前に警鐘の事や監獄について調べていたのは言うまでもない――。


「梨沢、盾投げられるか」
「はぁ? どこに……」
 大黒屋の目線を辿り、梨沢も納得したらしいが「言いたいことは分かったがあれで向こうが活性化したらどうするんだ」と聞く。
「やってみねぇとわからねぇだろ」
「責任はとらねぇぞ!」
 梨沢は盾を一枚振り回し、鐘に飛ばした。

 カーンと響き渡る鐘の音が鳴った時、人形とツキトの動きが止まった。
「今だ!」
 大黒屋は大剣で人形の首を裂き、ツキトの首に柄をぶつけて気絶させた時、タイムリミットの合図が鳴り響いた。