バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

2 忌み子の住みか

小さなホテルを思い出すような豪勢な建物に通された三人は、まだ戸惑いながら装束姿の男たちを見ていた。
廊下を歩いていると色んな人にすれ違う。一様に皆若いが、その顔は幸せと懸命の交じった、とてもよい表情だ。

「そういえば、自己紹介してなかったね」
青い装束が振り返った。廊下の真ん中だが、そんなことは気にしていないようだ。
「僕は伊藤乙哉。こっちは俺の兄貴の伊藤浩太。君たちは何ていうの?」
「ぼっ、僕は、華村優斗……です。」
「私、斎藤うるはと申します。彼女は立花りか」
「お世話になります、伊藤様」
「乙哉でいいよ! 兄貴も皆に浩太って呼ばせてるんだ!」

乙哉の表情はいやらしいものではなく、純粋を絵にかいたような明るい表情をしていた。
それをたしなめる浩太もにこにこと笑っている。
「これから紹介する人たちは、見た目はちょっと怖いけどいい人だから安心して!」
「乙哉、少し余計だぞ」
「えへへ」

やがて奥の二枚扉の前についた一行。華村たちは息を呑む。
浩太と乙哉は一度目を合わせて頷き、扉を押し開けた。
中はやや広い空間となっていた。構えていたよりは狭い印象だ。
「ここは……?」
「集会とか話し合いの時に使う部屋だよ。皆で食事会をするときも使うんだ」
斎藤の声に乙哉が答える。

華村は部屋の奥に二人の人影を見た。浩太と乙哉と同じような装束姿に身を包んだ、片方は大きく、片方はやや小柄な男たちだ。
浩太と乙哉は二人の元に歩いていく。華村は自然に斎藤と立花を制し、先頭きってゆっくりと後をついていった。

「田辺! 石川!」
「遅いぞ、伊藤兄、伊藤弟」
「いつまで待たせるつもりだったんだ?」
柄が悪い。三人はそう感じた。
田辺、石川と呼ばれた男二人は、浩太の後をついてきた三人に目を向ける。
「お前らか、伊藤兄と伊藤弟に拾われた「忌み子」ってのは」
「ああ、はい。僕は華村優斗です」
「斎藤うるはと申します」
「同じく、立花りかです」

緑の装束の男、田辺と言ったか、彼がのしのしとこちらに歩いてきた。
華村は片腕を広げ、斎藤と立花をかばう位置に立つ。
田辺はその様子を見て、ずいっと華村に顔を近づけた。
「俺が怖いか」
「こっ、怖くはありません。まだ貴方がたを信用しているわけではないので」
「そうか」

暫くの睨みあい。しかし、不意に田辺がにっと口角を上げると、声を上げて笑い出した。
突然のことに三人は唖然とする。
「結構、結構!生きる術はしっかり学んできたようだな、華村!」
ばんばんと背中を叩かれよろける華村。男としての義務は頭にあったが体がついていかないほど貧相なものだったからだろう。

「怖がらなくてもいいぜ。田辺はでかくて怖いが、心は優しいんだ」
黄色い装束の石川も笑顔で三人に笑いかける。金色の瞳が猫のように鋭い。
「俺は石川卓郎。こいつは田辺雄介。「四神の申し子」だ」
「石川は財閥の息子でな。この館も石川の力で借り入れた。」

掃除の行き届いた廊下、綺麗な部屋、そして、すれ違った人たちの笑顔。
「……本当に、私たち「忌み子」のためにこれだけの施しをなさったのですか」
立花が自然とその言葉を口にしていた。斎藤が同調する。
「私たち「忌み子」は、人間の世界にいてはならない存在。そんな人間を生かしておくなんて、普通の人間の考えることではありません」

「だから、だよ」
浩太が振り返った。
「人間の世界にいてはならない。人間として生かしてはいけない。だから、「四神の申し子」である俺たちが引き受けた」
「もう大丈夫。君たちをいらないなんて言う人はここにはいない。……でも、一つだけ、厳しい条件を付けるよ」
乙哉は笑顔を崩さずに言った。
「君たちは、この世界を滅ぼそうとする連中と戦わなければならない。俺たちと一緒にね」