バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

7 音楽家としての両片思い

数分後。
羽鳥と安藤はすっかり音楽の話で持ち切っていた。
連れてきた張本人の虎屋は話題に入らず、ただ微笑んで二人を見ている。
「私、本当に素人で、音楽のことも分からなくって」
「でも、好きなんだよね、歌うことが」
「そうなんです。……はずかしいです」
「伝わってくるよ、君が感情込めて歌ってること」

 

「君の歌い方は、歌声も曲も大切にする優しい歌い方なんだ。アップテンポの曲はしっかり楽しんで、バラードは泣きそうなくらい感情をこめて歌ってるのが分かる。イズミに君の歌を聞かせてもらった時から、君の歌声が好きだった」
「えっ、そんな。私はただ、自由に歌ってるだけで」
「それが、有名になるとそうもいかないのよねぇ」
間延びした声で虎屋が言う。
「有名になる気が合ったり、経験が長くなるとやっぱ数字を見ちゃうからさ。楽しんで好きな曲歌うより伸びやすい流行りの曲とか定番の曲を選んじゃうのよ。その点、ひなちーは本当に自分の好きな曲選んで、自分の思うように歌ってる。私、そういうところ好きだよ」
「イズミちゃん、ありがとう」
「いいのよ。それに、よしくんも同じこと考えてるし」
ねー、よしくん、と虎屋が安藤を見ると、安藤も首を縦に振った。

 

「&さん……、安藤さんだって、最初どんなプロがこの曲作ってるんだろうって思ってました。まさか、同い年だったなんて。私嬉しいです」
「僕の音はまだまだだ。生の音にはどうしても負けるし、その分編成や加工でもっていかないといけない。苦しいけど、他人は頼れないからね」
そう言う安藤の顔は、少し悲し気に見えた。

 

「……よしくん、ひなちーにお願いしたいことがあるんでしょ?」
「え? 私に?」
突然の言葉に慌てる羽鳥。安藤は暫く黙っていたが、やがて意を決したかのように顔を上げて羽鳥を見た。
「ひなちーさん、君のために、僕とイズミに曲を書かせてください」