バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

9 イメージ・ギャップ

「貴方はかーぜのようにー……。うーん、ちがうなぁ」
楽器店の貸しスタジオで羽鳥は歌詞カードと睨めっこをしていた。歌収録機材を一通り持ち込んで録音しては再生確認を繰り返している。だが。
「……なんかイメージと違うんだよなぁ」
小さくつぶやく羽鳥。

 

曲のイメージはつかめる。音作りも丁寧で、仮歌の電子音もはっきり頭に入っている。ただ、自分の出す歌声と曲の雰囲気が、羽鳥の中で一致しなかった。
 歌を歌っているとよくあることだ。自分が気に入っていても声質が合わなくて長い期間迷うこと。ことにこの曲はお気に入りでもあったし、自分のために作ってくれた曲なので、理想と現実が遠い気がしていた。
「……ん?」
 こつこつ、とドアが叩かれる音が聞こえた気がして羽鳥はそちらを見る。笑顔の虎屋が隙間のガラスから手を振っていた。

 

 羽鳥の悩みを一通り聞いた虎屋は腕を組む。
「うーん、あたしは音楽は専門外だけど、自分の表現したいものが上手く出なくて悩むことあるのすごくわかる。小説書いてたらそうなるもん」
「イズミちゃんでもそう感じる時あるのかぁ」
虎屋は暫く顎に手を当てて考えていたが、やがてふっと顔を上げると、羽鳥を見て言った。
「ひなちー、今どれくらい歌えるか聞いてみてもいい? 素人意見しか出ないけど、人の印象聞くのって大事だと思うし」
「いいの?」
「いいに決まってんじゃん。仮にもその歌詞考えたのあたしだし」
「それもそっか」
目の前に作詞家がいる緊張状態。これで安藤もいたらもっと緊張していただろうか。そんなことを思いながらパソコンを操作する。スピーカーからあふれるストリングスの風。
 すっと息を吸った羽鳥には、あるひとつの記憶がよぎっていた。